導師導古典を学びたいすべての人に 法人向けワークシート法人向けワークシート

福沢諭吉小品集 / 学問の独立・第22段

(我が輩かつていえらく、打候聴候は察病にもっとも大切なるものなれども、医師の聴機穎敏ならずして必ず遺漏あるべきなれば、この法を研究するには、盲人の音学に精しき者を撰びて、まず健全なる肺臓心臓等の動声を聴かしめ、次第に患者変常のときに試みて、その音を区別せしめたらば、従前医師の耳にて五種に分ちたるものも、盲人の耳にはその一種中を細別して二、三類に分つこともあるべし。すなわち従前の察病法五様なりしものが、五に三を乗じて十五様の手掛りをうべし。この試験、はたして有効のものならば、医学部には必ず音学をもって一課となし、青年学生の聴機穎敏なる時に及びて、これに慣れしめざるべからず。あるいはその俊英なる者は、打候聴候をもって専門の業となして、これを用うるも可ならん。けだし医学の秘密は、これらの注意によりて発明することもあらんと信ず。) ひとり医学のみならず、理学なり、また文学なり、学者をして閑を得せしめ、また、したがって相当の活計あらしむるときは、その学者は決して懶惰無為に日月を消する者に非ず、生来の習慣、あたかも自身の熱心に刺衝せられて、勉強せざるをえず。而してその勉強の成跡は発明工風にして、本人一個の利益に非ず、日本国の学問に富を加えて、国の栄誉に光を増すものというべし。また、著述書の如きも、近来、世に大部の著書少なくして、ただその種類を増し、したがって発兌すれば、したがって近浅の書多しとは、人のあまねく知るところなるが、その原因とて他にあらず、学者にして幽窓に沈思するのいとまを得ざるがためなり。

書き下し

(我が輩かつていえらく、打候聴候は察病にもっとも大切なるものなれども、医師の聴機穎敏ならずして必ず遺漏あるべきなれば、この法を研究するには、盲人の音学に精しき者を撰びて、まず健全なる肺臓心臓等の動声を聴かしめ、次第に患者変常のときに試みて、その音を区別せしめたらば、従前医師の耳にて五種に分ちたるものも、盲人の耳にはその一種中を細別して二、三類に分つこともあるべし。すなわち従前の察病法五様なりしものが、五に三を乗じて十五様の手掛りをうべし。この試験、はたして有効のものならば、医学部には必ず音学をもって一課となし、青年学生の聴機穎敏なる時に及びて、これに慣れしめざるべからず。あるいはその俊英なる者は、打候聴候をもって専門の業となして、これを用うるも可ならん。けだし医学の秘密は、これらの注意によりて発明することもあらんと信ず。) ひとり医学のみならず、理学なり、また文学なり、学者をして閑を得せしめ、また、したがって相当の活計あらしむるときは、その学者は決して懶惰無為に日月を消する者に非ず、生来の習慣、あたかも自身の熱心に刺衝せられて、勉強せざるをえず。而してその勉強の成跡は発明工風にして、本人一個の利益に非ず、日本国の学問に富を加えて、国の栄誉に光を増すものというべし。また、著述書の如きも、近来、世に大部の著書少なくして、ただその種類を増し、したがって発兌すれば、したがって近浅の書多しとは、人のあまねく知るところなるが、その原因とて他にあらず、学者にして幽窓に沈思するのいとまを得ざるがためなり。

現代語訳

(私はかつて、打診・聴診は病気を診察するうえでもっとも大切なものだが、医者の聴覚が鋭敏でなければ必ず聞き漏らしがあるはずだから、この方法を研究するには、音の学問に詳しい盲人を選び、まず健康な肺臓や心臓などの音を聴かせ、次第に患者の異常なときの音を試して区別させたなら、従来医者の耳で五種に分けていたものも、盲人の耳ではその一種の中をさらに細かく二、三類に分けることがあるだろう、と言いました。そうなれば、従来の診察法が五通りだったものが、五に三を掛けて十五通りの手がかりを得られるでしょう。この試験がもし有効なら、医学部では必ず音の学問を一課として設け、青年学生の聴覚が鋭敏なうちに、これに慣れさせなければなりません。あるいはその優れた者は、打診・聴診を専門の業として用いてもよいでしょう。おそらく医学の秘密は、こうした注意によって発明されることもあると信じます。) 医学だけでなく、理学も、文学も同じことです。学者に暇を与え、あわせて相応の暮らしを保証すれば、その学者は決して怠けて無為に月日を過ごす者ではなく、生来の習慣のうえに、自らの熱心に突き動かされて、勉強せずにはいられません。そしてその勉強の成果は発明や工夫となり、本人一個の利益ではなく、日本国の学問に富を加え、国の栄誉に光を増すものです。また著述書にしても、近ごろ世に大部の著書が少なく、ただ種類が増えるばかりで、出版すればするほど浅い書が多いことは、人があまねく知るところですが、その原因は他でもなく、学者が静かな窓辺で深く思索する暇を得られないからです。

解説

医学を例に、研究には時間と生計の保証が必要だと説く段です。括弧内は、聴覚の鋭い盲人を診察法の研究に生かせないかという、福沢らしい発想の提案です。「盲人」は当時の呼称で、今日では視覚障害のある人と言うのが通例であり、当時の用語を含む点をおことわりします。この提案の根にあるのは、人の特性を生かして新しい知見を得ようとする姿勢です。後半では、浅い書が増え大著が出ない原因を、学者に思索の余白がないことに求めています。

この章句が説くこと

聴診打診盲人発明工夫閑大部の著書

関連する章句

『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。

本の中身を見る
本2冊(人生の方程式・人生の教科書)+師導1か月=700円 本を見る