福沢諭吉小品集 / 修身要領・第3段
第二十二条 国あれば必ず政府あり。政府は政令を行ひ、軍備を設け、一国の男女を保護して、其身体、生命、財産、名誉、自由を侵害せしめざるを任務と為す。是を以て国民は軍事に服し国費を負担するの義務あり。 第二十三条 軍事に服し国費を負担すれば、国の立法に参与し国費の用途を監督するは、国民の権利にして又其義務なり。 第二十四条 日本国民は男女を問はず、国の独立自尊を維持するが為めには、生命財産を賭して敵国と戦ふの義務あるを忘る可らず。 第二十五条 国法を遵奉するは国民たるものゝ義務なり。単にこれを遵奉するに止まらず、進んで其執行を幇助し、社会の秩序安寧を維持するの義務あるものとす。 第二十六条 地球上立国の数少なからずして、各その宗教、言語、習俗を殊にすと雖も、其国人は等しく是れ同類の人間なれば、之と交るには苟も軽重厚薄の別ある可らず。独り自ら尊大にして他国人を蔑視するは、独立自尊の旨に反するものなり。 第二十七条 吾々今代の人民は、先代前人より継承したる社会の文明福利を増進して、之を子孫後世に伝ふるの義務を尽さざる可らず。 第二十八条 人の世に生るゝ、智愚強弱の差なきを得ず。智強の数を増し愚弱の数を減ずるは教育の力に在り。教育は即ち人に独立自尊の道を教へて之を躬行実践するの工風を啓くものなり。 第二十九条 吾党の男女は、自ら此要領を服膺するのみならず、広く之を社会一般に及ぼし、天下万衆と共に相率ゐて、最大幸福の域に進むを期するものなり。
書き下し
第二十二条 国あれば必ず政府あり。政府は政令を行ひ、軍備を設け、一国の男女を保護して、其身体、生命、財産、名誉、自由を侵害せしめざるを任務と為す。是を以て国民は軍事に服し国費を負担するの義務あり。 第二十三条 軍事に服し国費を負担すれば、国の立法に参与し国費の用途を監督するは、国民の権利にして又其義務なり。 第二十四条 日本国民は男女を問はず、国の独立自尊を維持するが為めには、生命財産を賭して敵国と戦ふの義務あるを忘る可らず。 第二十五条 国法を遵奉するは国民たるものゝ義務なり。単にこれを遵奉するに止まらず、進んで其執行を幇助し、社会の秩序安寧を維持するの義務あるものとす。 第二十六条 地球上立国の数少なからずして、各その宗教、言語、習俗を殊にすと雖も、其国人は等しく是れ同類の人間なれば、之と交るには苟も軽重厚薄の別ある可らず。独り自ら尊大にして他国人を蔑視するは、独立自尊の旨に反するものなり。 第二十七条 吾々今代の人民は、先代前人より継承したる社会の文明福利を増進して、之を子孫後世に伝ふるの義務を尽さざる可らず。 第二十八条 人の世に生るゝ、智愚強弱の差なきを得ず。智強の数を増し愚弱の数を減ずるは教育の力に在り。教育は即ち人に独立自尊の道を教へて之を躬行実践するの工風を啓くものなり。 第二十九条 吾党の男女は、自ら此要領を服膺するのみならず、広く之を社会一般に及ぼし、天下万衆と共に相率ゐて、最大幸福の域に進むを期するものなり。
現代語訳
第二十二条 国があれば必ず政府があります。政府は政令を行い、軍備を設け、一国の男女を保護して、その身体、生命、財産、名誉、自由を侵害させないことを任務とします。そのため国民には、軍事に服し、国費を負担する義務があります。 第二十三条 軍事に服し国費を負担する以上、国の立法に参加し、国費の使い道を監督することは、国民の権利であり、同時にその義務でもあります。 第二十四条 日本国民は男女を問わず、国の独立自尊を維持するためには、生命と財産を賭けて敵国と戦う義務があることを忘れてはなりません。 第二十五条 国の法を守ることは国民の義務です。ただ守るにとどまらず、進んでその執行を助け、社会の秩序と安寧を維持する義務があるものとします。 第二十六条 地球上に国の数は少なくなく、それぞれ宗教、言語、習俗を異にしますが、その国の人々は等しく同じ人間ですから、交わるにあたってかりそめにも軽重や厚薄の区別があってはなりません。ひとり自ら尊大に構え、他国の人を見下すのは、独立自尊の趣旨に反します。 第二十七条 私たち今の世の人民は、先代や先人から受け継いだ社会の文明と福利を増進して、これを子孫や後世に伝える義務を尽くさなければなりません。 第二十八条 人が世に生まれるとき、智愚や強弱の差がないわけにはいきません。智ある強い者を増し、愚かで弱い者を減らすのは教育の力にあります。教育とは、人に独立自尊の道を教え、それを自ら実践する工夫を開くものです。 第二十九条 私たち一党の男女は、自らこの要領を心に刻むだけでなく、広くこれを社会一般に及ぼし、世の人々とともに連れ立って、最大の幸福の域に進むことを期するものです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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福沢諭吉小品集・修身要領・第2段第九条 結婚は人生の重大事なれば、配偶の撰択は最も慎重ならざる可らず。一夫一婦終身同室、相敬愛して、互いに独立自尊を犯さゞるは、人倫の始なり。 第十条 一夫一婦の間に生るゝ子女は、其父母の他に父母なく、其子女の他に子女なし。親子の愛は真純の親愛にして、之を傷けざるは一家幸福の基なり。 第十一条 子女も亦独立自尊の人なれども、其幼時に在ては、父母これが教養の責に任ぜざる可らず。子女たるものは、父母の訓誨に従て孜々勉励、成長の後、独立自尊の男女として世に立つの素養を成す可きものなり。 第十二条 独立自尊の人たるを期するには、男女共に、成人の後にも、自から学問を勉め、知識を開発し、徳性を修養するの心掛を怠る可らず。 第十三条 一家より数家、次第に相集りて、社会の組織を成す。健全なる社会の基は、一人一家の独立自尊に在りと知る可し。 第十四条 社会共存の道は、人々自から権利を護り幸福を求むると同時に、他人の権利幸福を尊重して、苟も之を犯すことなく、以て自他の独立自尊を傷けざるに在り。 第十五条 怨を構へ仇を報ずるは、野蛮の陋習にして卑劣の行為なり。恥辱を雪ぎ名誉を全うするには、須らく公明の手段を択むべし。 第十六条 人は自から従事する所の業務に忠実ならざる可らず。其大小軽重に論なく、苟も責任を怠るものは、独立自尊の人に非ざるなり。 第十七条 人に交るには信を以てす可し。己れ人を信じて人も亦己れを信ず。人々相信じて始めて自他の独立自尊を実にするを得べし。 第十八条 礼儀作法は、敬愛の意を表する人間交際上の要具なれば、苟めにも之を忽にす可らず。只その過不及なきを要するのみ。 第十九条 己れを愛するの情を拡めて他人に及ぼし、其疾苦を軽減し其福利を増進するに勉むるは、博愛の行為にして、人間の美徳なり。 第二十条 博愛の情は、同類の人間に対するに止まる可らず。禽獣を虐待し又は無益の殺生を為すが如き、人の戒む可き所なり。 第二十一条 文芸の嗜は、人の品性を高くし精神を娯ましめ、之を大にすれば、社会の平和を助け人生の幸福を増すものなれば、亦是れ人間要務の一なりと知る可し。
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福沢諭吉小品集・修身要領・第1段文明日新の修身処世法は、如何なる主義に依り如何なる方向に進む可きやとは、今の青年学生の大に惑ふ所にして、先輩に対して屡質問を起すものあり。福沢先生これに答ふる為めにとて、生等に嘱して文案を草せしむ。即ち先生平素の言行に基き、其大要を述べて、先生の閲覧を乞ひ、之を修身要領と名け、学生に示すこと左の如し。 明治三十三年二月紀元節 慶応義塾社中某々誌 凡そ日本国に生々する臣民は、男女老少を問はず、万世一系の帝室を奉戴して、其恩徳を仰がざるものある可らず。此一事は、満天下何人も疑を容れざる所なり。而して今日の男女が今日の社会に処する道を如何す可きやと云ふに、古来道徳の教、一にして足らずと雖も、徳教は人文の進歩と共に変化するの約束にして、日新文明の社会には自から其社会に適するの教なきを得ず。即ち修身処世の法を新にするの必要ある所以なり。 第一条 人は人たるの品位を進め、智徳を研き、ます/\其光輝を発揚するを以て、本分と為さざる可らず。吾党の男女は、独立自尊の主義を以て修身処世の要領と為し、之を服膺して、人たるの本分を全うす可きものなり。 第二条 心身の独立を全うし、自から其身を尊重して、人たるの品位を辱めざるもの、之を独立自尊の人と云ふ。 第三条 自から労して自から食ふは、人生独立の本源なり。独立自尊の人は自労自活の人たらざる可らず。 第四条 身体を大切にし健康を保つは、人間生々の道に欠く可らざるの要務なり。常に心身を快活にして、苟めにも健康を害するの不養生を戒む可し。 第五条 天寿を全うするは人の本分を尽すものなり。原因事情の如何を問はず、自から生命を害するは、独立自尊の旨に反する背理卑怯の行為にして、最も賤む可き所なり。 第六条 敢為活溌堅忍不屈の精神を以てするに非ざれば、独立自尊の主義を実にするを得ず。人は進取確守の勇気を欠く可らず。 第七条 独立自尊の人は、一身の進退方向を他に依頼せずして、自から思慮判断するの智力を具へざる可らず。 第八条 男尊女卑は野蛮の陋習なり。文明の男女は同等同位、互に相敬愛して各その独立自尊を全からしむ可し。
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『学問のすゝめ』七編・国民の職分を論ず・彼我同等の大義に従うべし第一 客の身分をもって論ずれば、一国の人民は国法を重んじ人間同等の趣意を忘るべからず。他人の来たりてわが権義を害するを欲せざれば、われもまた他人の権義を妨ぐべからず。わが楽しむところのものは他人もまたこれを楽しむがゆえに、他人の楽しみを奪いてわが楽しみを増すべからず、他人の物を盗んでわが富となすべからず、人を殺すべからず、人を讒すべからず、まさしく国法を守りて彼我同等の大義に従うべし。また国の政体によりて定まりし法は、たといあるいは愚かなるも、あるいは不便なるも、みだりにこれを破るの理なし。師を起こすも外国と条約を結ぶも政府の権にあることにて、この権はもと約束にて人民より政府へ与えたるものなれば、政府の政に関係なき者はけっしてそのことを評議すべからず。
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『学問のすゝめ』三編・一身独立して一国独立すること・権義あればしたがって職分ありもとより国の政をなす者は政府にて、その支配を受くる者は人民なれども、こはただ便利のために双方の持ち場を分かちたるのみ。一国全体の面目にかかわることに至りては、人民の職分として政府のみに国を預け置き、傍よりこれを見物するの理あらんや。すでに日本国の誰、英国の誰と、その姓名の肩書に国の名あれば、その国に住居し、起居眠食、自由自在なるの権義あり。すでにその権義あれば、またしたがってその職分なかるべからず。
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『学問のすゝめ』二編・人は同等なること・ひとたび国法と定まりたることは右は百姓・町人に左袒して思うさまに勢いを張れという議論なれども、また一方より言えば別に論ずることあり。およそ人を取り扱うには、その相手の人物次第にて、おのずからその法の加減もなかるべからず。元来、人民と政府との間柄は、もと同一体にてその職分を区別し、政府は人民の名代となりて法を施し、人民は必ずこの法を守るべしと、固く約束したるものなり。譬えば今、日本国中にて明治の年号を奉ずる者は、今の政府の法に従うべしと条約を結びたる人民なり。ゆえにひとたび国法と定まりたることは、たといあるいは人民一個のために不便利あるも、その改革まではこれを動かすを得ず。小心翼々謹みて守らざるべからず。これすなわち人民の職分なり。
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『学問のすゝめ』二編・人は同等なること・双方その職分を尽くしてこれすなわち政府と人民との約束なり。ゆえに百姓・町人は年貢・運上を出だして固く国法を守れば、その職分を尽くしたりと言うべし。政府は年貢・運上を取りて正しくその使い払いを立て、人民を保護すれば、その職分を尽くしたりと言うべし。双方すでにその職分を尽くして約束を違うることなきうえは、さらになんらの申し分もあるべからず、おのおのその権理通義を逞しゅうして、少しも妨げをなすの理なし。
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