師導古典を学びたいすべての人に

塩鉄論 / 水旱篇

賢良曰:「古者、政有德、則陰陽調、星辰理、風雨時。故行修於內、聲聞於外、為善於下、福應於天。周公載紀而天下太平、國無夭傷、歲無荒年。當此之時、而不破塊、風不鳴條、旬而一雨、而必以夜。無丘陵高下皆熟。詩曰:『有渰萋萋、興雨祁祁。』今不省其所以然、而曰『陰陽之運也』、非所聞也。孟子曰:『野有餓殍、不知收也、狗豕食人食、不知檢也、為民父母、民饑而死、則曰、非我也、歲也、何異乎以刃殺之、則曰、非我也、兵也?』方今之務、在除饑寒之患、罷鹽、鐵、退權利、分土地、趣本業、養桑麻、盡地力也。寡功節用、則民自富。如是、則水旱不能憂、凶年不能累也。」

新字:賢良曰:「古者、政有徳、則陰陽調、星辰理、風雨時。故行修於内、声聞於外、為善於下、福応於天。周公載紀而天下太平、国無夭傷、歳無荒年。当此之時、而不破塊、風不鳴条、旬而一雨、而必以夜。無丘陵高下皆熟。詩曰:『有渰萋萋、興雨祁祁。』今不省其所以然、而曰『陰陽之運也』、非所聞也。孟子曰:『野有餓殍、不知収也、狗豕食人食、不知検也、為民父母、民饑而死、則曰、非我也、歳也、何異乎以刃殺之、則曰、非我也、兵也?』方今之務、在除饑寒之患、罷塩、鉄、退権利、分土地、趣本業、養桑麻、尽地力也。寡功節用、則民自富。如是、則水旱不能憂、凶年不能累也。」

書き下し

賢良曰く、古者、政に德有れば、則ち陰陽調い、星辰理まり、風雨時あり。故に行い內に修まれば、聲は外に聞こえ、善を下に為せば、福は天に應ず。周公紀を載してより天下太平、國に夭傷無く、歲に荒年無し。此の時に當たりて、雨は塊を破らず、風は條を鳴らさず、旬にして一たび雨ふり、而も必ず夜を以てす。丘陵高下と無く皆熟す。詩に曰く、『渰有ること萋萋たり、雨を興すこと祁祁たり』と。今、其の然る所以を省みずして、『陰陽の運なり』と曰うは、聞く所に非ざるなり。孟子曰く、『野に餓殍有るも、收むるを知らず、狗豕人の食を食らうも、檢するを知らず、民の父母と為りて、民饑えて死すれば、則ち曰く、我に非ざるなり、歲なりと。何ぞ刃を以て之を殺して、則ち曰く、我に非ざるなり、兵なりと言うに異ならんや』と。方今の務めは、饑寒の患いを除き、鹽・鐵を罷め、權利を退け、土地を分かち、本業に趣き、桑麻を養い、地力を盡くすに在り。功を寡なくし用を節すれば、則ち民自ずから富む。是くの如くんば、則ち水旱も憂うる能わず、凶年も累わす能わざるなり。

現代語訳

賢良が言った。「昔は、政治に徳があれば、陰陽は調い、星の運行は整い、風雨は時にかなっていました。だから行いが内で整えば評判は外へ聞こえ、善を下で行えば福が天から応じたのです。周公が政を記して以来、天下は太平で、国に若死にする者はなく、年に凶作はなかった。このころは、雨は土くれを砕くほど強くは降らず、風は枝を鳴らさず、十日に一度は雨が降り、しかも必ず夜に降った。丘でも低地でも、すべて実ったのです。詩経に『雲がむらむらと湧き、雨がしとしとと降る』とあります。いま、そうなる理由を省みずに『陰陽のめぐりだ』と言うのは、聞いたことがありません。孟子は言いました。『野に餓死した者が転がっていても収容せず、犬や豚が人の食べ物を食っていても取り締まらない。民の父母でありながら、民が飢えて死ぬと「私のせいではない、年のせいだ」と言う。それは刃で人を殺しておいて「私ではない、武器がやった」と言うのと、どこが違うのか』と。いまなすべきことは、飢えと寒さの憂いを除くことです。塩と鉄の専売をやめ、利権を退け、土地を分け、本業に向かわせ、桑と麻を育て、土地の力を出し切る。事業を減らし支出を節約すれば、民はおのずと富みます。そうなれば、水害や旱害も憂いにはならず、凶作にも足を取られません」

解説

「天のせいだ」に対して、孟子を持ってきた段です。**民が飢えて死ぬのを「年のせいだ」と言うのは、刃で人を殺して「武器がやった」と言うのと同じだ。**この一句で天災論を封じます。そのうえで論点を戻します。問うべきは、水旱が起きるかどうかではなく、起きたときに耐えられるかどうかだ、と。だから専売をやめ、利権を退け、土地を分け、支出を減らす。備えのある側は凶作に足を取られない、という結びです。

この章句が説くこと

民饑えて死すれば則ち曰く我に非ざるなり歳なりと何ぞ刃を以て之を殺して我に非ざるなり兵なりと言うに異ならんや功を寡なくし用を節すれば則ち民自ずから富む天災責任転嫁備え

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる