塩鉄論 / 授時篇
賢良曰:「三代之盛無亂萌、教也、夏、商之季世無順民、俗也。是以王者設庠序、明教化、以防道其民、及政教之洽、性仁而喻善。故禮義立、則耕者讓於野、禮義壞、則君子爭於朝。人爭則亂、亂則天下不均、故或貧或富。富則仁生、贍則爭止。昏暮叩人門戶、求水火、貪夫不吝、何則?所饒也。夫為政而使菽粟如水火、民安有不仁者乎!」
新字:賢良曰:「三代之盛無乱萌、教也、夏、商之季世無順民、俗也。是以王者設庠序、明教化、以防道其民、及政教之洽、性仁而喻善。故礼義立、則耕者譲於野、礼義壊、則君子争於朝。人争則乱、乱則天下不均、故或貧或富。富則仁生、贍則争止。昏暮叩人門戸、求水火、貪夫不吝、何則?所饒也。夫為政而使菽粟如水火、民安有不仁者乎!」
書き下し
賢良曰く、三代の盛んなるに亂萌無きは、教なり。夏・商の季世に順民無きは、俗なり。是を以て王者は庠序を設け、教化を明らかにし、以て其の民を防ぎ道く。政教の洽きに及びて、性仁にして善に喻る。故に禮義立てば、則ち耕す者は野に讓り、禮義壞るれば、則ち君子は朝に爭う。人爭えば則ち亂れ、亂るれば則ち天下均しからず、故に或いは貧しく或いは富む。富めば則ち仁生じ、贍らかなれば則ち爭い止む。昏暮に人の門戶を叩き、水火を求むるに、貪夫も吝しまず、何ぞ則ち。饒かなる所なればなり。夫れ政を為して菽粟をして水火の如くならしめば、民安んぞ不仁なる者有らんや。
現代語訳
賢良が言った。「夏・殷・周の盛んな時代に乱の芽がなかったのは、教えがあったからです。夏・殷の末期に従順な民がいなかったのは、その世の習わしのせいです。だから王者は学校を設け、教化を明らかにして、民を防ぎ導いた。政治と教えが行き渡れば、人の性は仁となり、善が分かるようになる。だから礼義が立てば、耕す者は野で畦を譲り合い、礼義が壊れれば、君子が朝廷で争う。人が争えば乱れ、乱れれば天下は均しくならない。だから貧しい者も富む者も出るのです。富めば仁が生まれ、足りていれば争いは止む。日暮れに人の家の戸を叩いて水や火を求めれば、欲深い者でも惜しみません。なぜでしょうか。有り余っているからです。政治を行って、豆や粟を水や火のように行き渡らせたなら、民のなかに不仁な者などいるでしょうか」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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説苑・奉使晏子將に荊に使いせんとす。荊王之を聞き、左右に謂いて曰く、「晏子は賢人なり。今方に來らんとす。之を辱めんと欲す、何を以てせん。」左右對えて曰く、「其の來るに爲り、臣請う一人を縛りて王を過りて行かしめん。」是に於て荊王晏子と立ちて語る。一人を縛る有り、王を過りて行く。王曰く、「何を爲す者ぞ。」對えて曰く、「齊人なり。」王曰く、「何の坐ぞ。」曰く、「盜に坐す。」王曰く、「齊人固より盜するか。」晏子反顧して之に曰く、「江南に橘有り、齊王人をして之を取りて江北に樹えしむるに、生じて橘と爲らず、乃ち枳と爲る。然る所以は何ぞ。其の土地之をして然らしむるなり。今齊人齊に居りて盜せず、荊に來りて盜す、土地之をして然らしむる無きを得んか。」荊王曰く、「吾子を傷つけんと欲して反りて自ら中れり。」
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論語・衛霊公篇子貢、仁を為すを問う。子曰く、「工、其の事を善くせんと欲すれば、必ず先ず其の器を利くす。是の邦に居るや、其の大夫の賢者に事え、其の士の仁者を友とす。」
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孫子・始計篇天とは、陰陽・寒暑・時制なり。
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「君子の陳蔡の閒に戹するは、上下の交わり無ければなり。」
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孟子・滕文公章句下孟子、戴不勝に謂いて曰く、「子は子の王の善ならんことを欲するか。我明らかに子に告げん。此に楚の大夫有らんに、其の子の齊語せんことを欲すれば、則ち齊人をして諸に傅たらしめんか。楚人をして諸に傅たらしめんか。」曰く、「齊人をして之に傅たらしめん。」曰く、「一齊人之に傅たるも、衆楚人之を咻せば、雖日に撻(むちうつ)ちて其の齊たらんことを求むと雖も、得可からず。引いて之を莊嶽の間に置くこと數年ならば、日に撻ちて其の楚たらんことを求むと雖も、亦た得可からず。子、薛居州を善士と謂い、之をして王の所に居らしむ。王の所に在る者、長幼卑尊、皆薛居州ならば、王は誰と與にか不善を為さん。王の所に在る者、長幼卑尊、皆薛居州に非ざれば、王は誰と與にか善を為さん。一薛居州、獨り宋王を如何せん。」 <語釈> ○「咻」、音はキュウ、義はかまびすしくすること。○「莊嶽」、顧炎武云う、莊は是れ街の名、嶽は是れ里の名。
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孫子・火攻篇火発するに上風にして、下風を攻むること無かれ。昼は風久しく、夜は風止む。