師導古典を学びたいすべての人に

塩鉄論 / 除狹篇

大夫曰:「賢者處大林、遭風雷而不迷。愚者雖處平敞大路、猶暗惑焉。今守、相親剖符贊拜、蒞一郡之眾、古方伯之位也。受命專制、宰割千里、不禦於內、善惡在於己、己不能故耳、道何狹之有哉?」

新字:大夫曰:「賢者処大林、遭風雷而不迷。愚者雖処平敞大路、猶暗惑焉。今守、相親剖符賛拝、蒞一郡之眾、古方伯之位也。受命専制、宰割千里、不禦於内、善悪在於己、己不能故耳、道何狭之有哉?」

書き下し

大夫曰く、賢者は大林に處るも、風雷に遭いて迷わず。愚者は平敞の大路に處ると雖も、猶お暗惑す。今、守・相は親しく符を剖ちて贊拜し、一郡の眾に蒞む、古の方伯の位なり。命を受けて專制し、千里を宰割し、內に禦せられず、善惡は己に在り、己の能わざる故のみ、道何ぞ狹きこと之れ有らんや。

現代語訳

大夫が言った。「賢者は大きな森の中にいて、風雷に遭っても迷わない。愚者は平らで見通しのよい大路にいても、なお暗がりにいるように惑う。いま郡守や国相は、みずから割符を分け与えられて任命の礼を受け、一郡の民に臨んでいる。古の方伯(諸侯の長)の位だ。命を受けて自分の裁量で決め、千里を治め、中央から掣肘されることもない。善悪はすべて自分次第であり、できないのは自分の能力の問題にすぎない。道のどこが狭いというのか」

解説

前段の締めくくり「君子の路、行止の道は固より狹きのみ」を、そのまま取り上げた反論です。篇名の「除狭」=狭さを除く。大夫の言い分は一行に尽きます。**狭いのは道ではなく、あなたの器だ。**根拠として権限の大きさを並べます。割符を渡され、千里の裁量があり、中央からの掣肘もない。渡すものは渡してある、と。環境の制約を訴える者に対して、いつの時代にも返される型です。

この章句が説くこと

道何ぞ狭きこと之れ有らんや賢者は大林に処るも風雷に遭いて迷わず善悪は己に在り裁量権限環境

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる