塩鉄論 / 散不足篇
「古者、不以人力徇於禽獸、不奪民財以養狗馬、是以財衍而力有餘。今猛獸奇蟲不可以耕耘、而令當耕耘者養食之。百姓或短褐不完、而犬馬衣文繡、黎民或糟糠不接、而禽獸食粱肉。
新字:「古者、不以人力徇於禽獣、不奪民財以養狗馬、是以財衍而力有余。今猛獣奇虫不可以耕耘、而令当耕耘者養食之。百姓或短褐不完、而犬馬衣文繡、黎民或糟糠不接、而禽獣食粱肉。
書き下し
古者、人力を以て禽獸に徇わず、民財を奪いて以て狗馬を養わず、是を以て財衍かにして力余り有り。今猛獸奇蟲は以て耕耘すべからず、而るに耕耘に當たる者をして之を養い食わしむ。百姓は或いは短褐すら完からず、而も犬馬は文繡を衣る、黎民は或いは糟糠すら接がず、而も禽獸は粱肉を食う。
現代語訳
昔は、人の力を鳥獣のために費やさず、民の財を奪って犬や馬を養うこともしなかった。だから財は豊かで、労力にも余りがあった。いまは猛獣や珍しい虫は耕作の役に立たないのに、耕作にあたるべき者にそれらを飼わせ餌をやらせている。民のなかには粗末な短い衣すら満足でない者がいるのに、犬や馬は刺繍のある布をまとっている。民のなかには糟や糠すら食いつなげない者がいるのに、鳥獣は上等の粟と肉を食べている。
解説
対比が容赦のない一段です。**民は粗末な服も足りないのに犬馬は刺繍を着て、民は糟糠も食いつなげないのに鳥獣は粟と肉を食べている。**しかも、その世話をさせられているのは耕作にあたるべき人たちです。資源が回らないという話ではなく、**回っている先が違う**という話をしている。予算配分を批判するときの、最も強い見せ方の一つです。
この章句が説くこと
百姓は短褐すら完からずして犬馬は文繡を衣る黎民は糟糠すら接がずして禽獣は粱肉を食う人力を以て禽獣に徇わず格差優先順位無駄
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