塩鉄論 / 孝養篇
文學曰:「無其能而竊其位、無其功而有其祿、雖有富貴、由跖、蹻之養也。高臺極望、食案方丈、而不可謂孝。老親之腹非盜囊也、何故常盛不道之物?夫取非有非職、財入而患從之、身且死禍殃、安得膢臘而食肉?曾參、閔子無卿相之養、而有孝子之名、周襄王富有天下、而有不能事父母之累。故禮菲而養豐、非孝也。掠囷而以養、非孝也。」
新字:文学曰:「無其能而竊其位、無其功而有其禄、雖有富貴、由跖、蹻之養也。高台極望、食案方丈、而不可謂孝。老親之腹非盗囊也、何故常盛不道之物?夫取非有非職、財入而患従之、身且死禍殃、安得膢臘而食肉?曽参、閔子無卿相之養、而有孝子之名、周襄王富有天下、而有不能事父母之累。故礼菲而養豊、非孝也。掠囷而以養、非孝也。」
書き下し
文學曰く、其の能無くして其の位を竊み、其の功無くして其の祿を有つは、富貴有りと雖も、跖・蹻の養に由るなり。高臺極望、食案方丈にして、而も孝と謂うべからず。老親の腹は盜嚢に非ず、何の故に常に不道の物を盛らんや。夫れ非有非職を取れば、財入りて患い之に從う、身且に死し禍殃せんとす、安んぞ膢臘を得て肉を食らわん。曾參・閔子は卿相の養無くして、孝子の名有り、周の襄王は富みて天下を有ちて、父母に事うる能わざるの累有り。故に禮菲にして養豐かなるは、孝に非ざるなり。囷を掠めて以て養うは、孝に非ざるなり。
現代語訳
文学が言った。「その能力がないのに位を盗み、功がないのに俸禄を持つ者は、富み栄えていても、それは盗跖や荘蹻の養いによるものだ。高殿から遠くを望み、食卓に一丈四方の膳を並べても、それを孝とは呼べない。老いた親の腹は盗品を入れる袋ではない。どうして道に外れた物ばかりを盛るのか。自分のものでない物、自分の職分でない物を取れば、財が入るとともに憂いが従ってくる。やがて身は死に、禍いが及ぶ。どうして祭りのたびに肉を食べていられようか。曾参と閔子騫には卿相の俸禄はなかったが、孝子の名がある。周の襄王は天下を保つほど富んでいたが、父母に仕えられなかったという負い目がある。だから礼が薄くて養いだけが豊かなのは、孝ではない。倉を掠めてきて養うのも、孝ではない」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『塩鉄論』孝養篇丞相史曰く、上孝は色を養い、其の次は親を安んじ、其の次は身を全うす。往者、陳余は漢に背き、泜水に斬らる、五被は邪逆して、三族を夷らる。近世、主父偃は不軌を行いて誅滅せられ、呂步舒は口を弄して戮を見る、身を行うこと謹まざれば、誅は無罪の親に及ぶ。此に由りて之を觀るに、虛禮は己に益無きなり。文實行を配し、禮養俱に施し、然る後に以て孝を言うべし。孝は實質に在りて、貌を飾るに在らず、身を全うするは謹愼に在りて、馳語に在らざるなり。
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「君子に三樂有り。而して天下に王たるは、與り存せず。父母俱に存し、兄弟故無きは、一の樂しみなり。仰いで天に愧ぢず、俯して人に怍ぢざるは、二の樂しみなり。天下の英才を得て、之を教育するは、三の樂しみなり。君子に三樂有り。而して天下に王たるは、與り存せず。」
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論語・為政篇孟武伯孝を問う。子曰く、「父母は唯其の疾(やまい)を之憂う。」
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孟子・離婁章句上孟子曰く、「天下大いに悅びて將に己に歸せんとす。天下悅びて己に歸するを視ること、猶ほ草芥のごときは、惟だ舜をのみ然りと為す。親に得られずんば、以て人と為す可からず。親に順われずんば、以て子と為す可からず。舜、親に事うるの道を盡くして、瞽瞍、豫びを底せり。瞽瞍、豫びを底して天下化せり。瞽瞍、豫びを底して、天下の父子為る者定まれり。此を之れ大孝と謂う。」
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論語・憲問篇子曰く、「我を知ること莫きかな。」子貢曰く、「何為れぞ其れ子を知ること莫からんや。」子曰く、「天を怨みず、人を尤めず、下学して上達す。我を知る者は、其れ天か。」
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論語・衛霊公篇子曰わく、君子はこれを己に求め、小人はこれを人に求む。