塩鉄論 / 禁耕篇
大夫曰:「山海有禁、而民不傾、貴賤有平、而民不疑。縣官設衡立準、人從所欲、雖使五尺童子適市、莫之能欺。今罷去之、則豪民擅其用而專其利。決市閭巷、高下在口吻、貴賤無常、端坐而民豪、是以養強抑弱而藏於跖也。強養弱抑、則齊民消、若眾穢之盛而害五穀。一家害百家、不在朐邴、如何也?」
新字:大夫曰:「山海有禁、而民不傾、貴賤有平、而民不疑。県官設衡立準、人従所欲、雖使五尺童子適市、莫之能欺。今罷去之、則豪民擅其用而専其利。決市閭巷、高下在口吻、貴賤無常、端坐而民豪、是以養強抑弱而蔵於跖也。強養弱抑、則斉民消、若衆穢之盛而害五穀。一家害百家、不在朐邴、如何也?」
書き下し
大夫曰く、山海に禁有りて、民傾かず、貴賤に平有りて、民疑わず。縣官は衡を設け準を立て、人は欲する所に從う、五尺の童子をして市に適かしむと雖も、之を欺く能う莫し。今之を罷め去らば、則ち豪民は其の用を擅にして其の利を專らにせん。市を閭巷に決し、高下は口吻に在り、貴賤常無く、端坐して民は豪なり、是を以て強を養い弱を抑えて跖に藏するなり。強養われ弱抑えらるれば、則ち齊民消ゆ、眾穢の盛んにして五穀を害するが若し。一家の百家を害するは朐・邴に在らずとは、如何ぞや。
現代語訳
大夫が言った。「山海に禁令があるから民は傾かず、値段に公定の基準があるから民は疑わない。役所が秤を据え基準を立てているから、人はほしいものをそのまま買える。五尺の子どもを市場へ使いにやっても、誰も欺くことができない。いまこれを廃止すれば、有力者がその用途を独占し利益を独り占めするだろう。市は路地裏で勝手に立ち、値の高い安いは商人の口先次第、値段に定めがなくなり、坐ったままで民の上に立つ者が出てくる。こうして強い者を養い弱い者を抑え込み、富は盗跖のような輩のもとに蔵われる。強者が養われ弱者が抑えられれば、普通の民は消えていく。雑草が茂って五穀の害になるのと同じだ。一家が百家を害するのは朐や邴のような商人にあるのではないと言うが、それはどういうことか」
解説
この章句が説くこと
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『晏子春秋』雑下・田無宇勝奕氏高氏欲分其家晏子使致之公欒氏高氏、田氏鮑氏を逐わんと欲す。田氏鮑氏先に知りて遂に之を攻む。高強曰く、「先に君を得ば、田鮑安くにか往かん」と。遂に虎門を攻む。二家晏子を召す。晏子従う所無し。従者曰く、「何為れぞ田鮑を助けざる」と。晏子曰く、「何の善きことありて其れ之を助けん」と。「何為れぞ欒高を助けざる」と。曰く、「庸ぞ彼より愈れるか」と。門開き、公召して入る。欒高勝たずして出づ。田桓子其の家を分かたんと欲し、以て晏子に告ぐ。晏子曰く、「不可なり。君法を飭むる能わずして、群臣制を専らにするは、乱の本なり。今又其の家を分かち、其の貨を利せんと欲す。是れ制に非ず。子必ず之を公に致せ。且つ嬰之を聞く、廉は、政の本なり。譲は、徳の主なり。欒高譲らず、以て此の禍に至る。慎まざる可けんや。廉は之を公正と謂い、譲は之を徳を保つと謂う。凡そ血気有る者は、皆争心有り。怨利は孽を生ず。維れ義のみ以て長く存す可し。且つ分争する者は其の禍に勝えず、辞譲する者は其の福を失わず。子必ず取ること勿かれ」と。桓子曰く、「善し」と。尽く之を公に致して、老を剧に請う。
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説苑・說叢命を知る者は天を怨みず、己を知る者は人を怨みず。人にして愛せざれば則ち仁なる能わず、佞にして巧ならざれば則ち信なる能わず。善を言うに身に及ぶ毋かれ、惡を言うに人に及ぶ毋かれ。上清くして欲無ければ、則ち下正しくして民樸なり。來事は追うべきなり、往事は及ぶべからず。思慮の心無ければ則ち達せず、談說の辭無ければ則ち樂しからず。
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『武家家訓集』朝倉敏景十七箇条「追書(役人の私と他国の悪党)」一、諸沙汰在所の時、理非少しも曲げらるまじく候。もし役人わたくしも致し候由聞き及ばれ候はば、同罪に堅く申し付けらるべく候。しよちうつろをぎんみ申し候沙汰致し候へば、他国の悪党出でぬものなり。みだりがはしき所と知られ候へば、他家より手を入るるものにて候。
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