塩鉄論 / 通有篇
大夫曰:「燕之涿、薊、趙之邯鄲、魏之溫軹、韓之滎陽、齊之臨淄、楚之宛、陳、鄭之陽翟、三川之二周、富冠海內、皆為天下名都、非有助之耕其野而田其地者也、居五諸之沖、跨街衢之路也。故物豐者民衍、宅近市者家富。富在術數、不在勞身、利在勢居、不在力耕也。
新字:大夫曰:「燕之涿、薊、趙之邯鄲、魏之温軹、韓之滎陽、斉之臨淄、楚之宛、陳、鄭之陽翟、三川之二周、富冠海内、皆為天下名都、非有助之耕其野而田其地者也、居五諸之沖、跨街衢之路也。故物豊者民衍、宅近市者家富。富在術数、不在労身、利在勢居、不在力耕也。
書き下し
大夫曰く、燕の涿・薊、趙の邯鄲、魏の溫・軹、韓の滎陽、齊の臨淄、楚の宛・陳、鄭の陽翟、三川の二周は、富は海內に冠たり、皆天下の名都たり、其の野を耕し其の地に田する者の之を助くる有るに非ざるなり、五諸の沖に居り、街衢の路に跨ればなり。故に物豐かなる者は民衍か、宅の市に近き者は家富む。富は術數に在りて、身を勞するに在らず、利は勢居に在りて、力耕に在らざるなり。
現代語訳
大夫が言った。「燕の涿と薊、趙の邯鄲、魏の温と軹、韓の滎陽、斉の臨淄、楚の宛と陳、鄭の陽翟、三川の東西の周——これらは国内一の富を誇る天下の名都だが、周りの野を耕す者が助けたからそうなったのではない。五方の街道が交わる要所にあり、大通りにまたがっているからだ。だから物が豊かな土地では民に余裕があり、市場に近い家は富む。富は方法にあって身を粉にすることにあるのではなく、利は位置取りにあって力を込めて耕すことにあるのではない」
解説
通有篇の冒頭で、大夫は名都を九つ並べて見せました。どれも交通の要衝であって、穀倉地帯だから栄えたのではない。「利は勢居に在り、力耕に在らず」——立地が労働に勝つ、という言い切りです。事実の観察としてはほぼ正しく、いま読んでも不動産や物流拠点の話としてそのまま通ります。ただし大夫はこれを「だから本業でなくてもよい」の論拠に使っている。位置の有利さは誰かが働いて生んだ物が通るからこそ生まれるので、次の段で文学がそこを突きます。
この章句が説くこと
利は勢居に在り力耕に在らず宅の市に近き者は家富む富は術数に在り立地流通効率
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