淮南子 / 泰族訓
故心者,身之本也;身者,國之本也。未有得己而失人者也,未有失己而得人者也。故為治之本,務在寧民;寧民之本,在於足用;足用之本,在於勿奪時;勿奪時之本,在於省事;省事之本,在於節用;節用之本,在於反性。未有能搖其本而靜其末,濁其源而清其流者也。
新字:故心者,身之本也;身者,国之本也。未有得己而失人者也,未有失己而得人者也。故為治之本,務在寧民;寧民之本,在於足用;足用之本,在於勿奪時;勿奪時之本,在於省事;省事之本,在於節用;節用之本,在於反性。未有能揺其本而静其末,濁其源而清其流者也。
書き下し
故に心なる者は、身の本なり。身なる者は、國の本なり。未だ己を得て人を失う者有らざるなり。未だ己を失いて人を得る者有らざるなり。故に治を爲すの本は、務め 民を寧んずるに在り。民を寧んずるの本は、用を足すに在り。用を足すの本は、時を奪う勿きに在り。時を奪う勿きの本は、事を省くに在り。事を省くの本は、用を節するに在り。用を節するの本は、性に反るに在り。未だ能く其の本を搖がして其の末を靜め、其の源を濁して其の流れを清くする者有らざるなり。
現代語訳
心は身の根本であり、身は国の根本である。自分を得ていて人を失った者はいない。自分を失っていて人を得た者もいない。だから治めることの根本は、民を安んじることにある。民を安んじる根本は、暮らしが足りることにある。暮らしが足りる根本は、農時を奪わないことにある。農時を奪わない根本は、事業を減らすことにある。事業を減らす根本は、費用を節することにある。費用を節する根本は、本来の性に立ち返ることにある。根本を揺らしておいて末を静められた者はなく、源を濁しておいて流れを清くできた者はいない。
解説
民を安んじる、暮らしを足らせる、農時を奪わない、事業を減らす、費用を節する、性に返る。六段階を遡って、最後は自分の内側に着きます。増税でも施策でもなく、上の費用を減らすところに根がある、という順です。「其の源を濁して其の流れを清くする者有らざるなり」。
この章句が説くこと
心なる者は身の本なり身なる者は国の本なり未だ己を得て人を失う者有らざるなり治を為すの本は務め民を寧んずるに在り民を寧んずるの本は用を足すに在り用を足すの本は時を奪う勿きに在り事を省くの本は用を節するに在り其の本を揺がして其の末を静め其の源を濁して其の流れを清くする者有らざるなり本末
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