師導古典を学びたいすべての人に

淮南子 / 泰族訓

夫欲治之主不世出,而可與興治之臣不萬一,以萬一求不世出,此所以千歲不一會也。水之性,淖以清,窮穀之汙,生以青苔,不治其性也。掘其所流而深之,茨其所決而高之,使得循勢而行,乘衰而流,雖有腐髊流漸,弗能汙也。其性非異也,通之與不通也。風俗猶此也。

新字:夫欲治之主不世出,而可与興治之臣不万一,以万一求不世出,此所以千歳不一会也。水之性,淖以清,窮穀之汙,生以青苔,不治其性也。掘其所流而深之,茨其所決而高之,使得循勢而行,乗衰而流,雖有腐髊流漸,弗能汙也。其性非異也,通之与不通也。風俗猶此也。

書き下し

夫れ治を欲するの主は世々には出でず、而して與に治を興す可きの臣は萬に一つならず。萬に一つを以て世々には出でざるを求む。此れ千歲にして一たびも會わざる所以なり。水の性は、淖くして以て清し。窮谷の汙は、生ずるに青苔を以てするは、其の性を治めざればなり。其の流るる所を掘りて之を深くし、其の決する所を茨みて之を高くし、勢いに循いて行き、衰に乘じて流るるを得しむれば、腐髊の流漸有りと雖も、汙す能わざるなり。其の性の異なるに非ざるなり。通ずると通ぜざるとなり。風俗も猶お此くのごときなり。

現代語訳

治めたいと望む君主は、代ごとに現れるわけではない。ともに治を興せる臣も、万に一つあるかどうかである。万に一つの臣で、代ごとには現れない君主を求める。だから千年に一度も出会わない。水の性は、なめらかで澄んでいる。行き止まりの谷の水が濁って青苔を生やすのは、その性を治めていないからである。流れるところを掘って深くし、切れるところを土手で高くし、勢いに沿って流れ、下る力に乗って流れるようにすれば、腐ったものが少しずつ流れ込んでも、濁らせることはできない。水の性が違うのではない。通っているかいないかである。風俗もこれと同じである。

解説

行き止まりの谷では、同じ水が濁って苔を生やします。「其の性の異なるに非ざるなり。通ずると通ぜざるとなり」——水質ではなく、流れているかどうか。人の集まりについても同じことが言えます。悪くなったのは人が変わったからではなく、流れが止まったから。掘って深くし、土手を高くすれば、多少の汚れは流れていきます。

この章句が説くこと

治を欲するの主は世々には出でず与に治を興す可きの臣は万に一つならず水の性は淖くして以て清し窮谷の汙は生ずるに青苔を以てするは其の性を治めざればなり其の流るる所を掘りて之を深くし勢いに循いて行くを得しむれば腐髊の流漸有りと雖も汙す能わざるなり其の性の異なるに非ざるなり通ずると通ぜざるとなり風俗も猶お此くのごときなり風土

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる