淮南子 / 泰族訓
夫物未嘗有張而不馳,成而不毀者也。惟聖人能盛而不衰,盈而不虧。神農之初作琴也,以歸神;及其淫也,反其天心。夔之初作樂也,皆合六律而調五音,以通八風;及其衰也,以沉湎淫康,不顧政治,至於滅亡。蒼頡之初作書,以辯治百官,領理萬事,愚者得以不忘,智者得以志遠;至其衰也,為奸刻偽書,以解有罪,以殺不辜。
新字:夫物未嘗有張而不馳,成而不毀者也。惟聖人能盛而不衰,盈而不虧。神農之初作琴也,以帰神;及其淫也,反其天心。夔之初作楽也,皆合六律而調五音,以通八風;及其衰也,以沈湎淫康,不顧政治,至於滅亡。蒼頡之初作書,以弁治百官,領理万事,愚者得以不忘,智者得以志遠;至其衰也,為奸刻偽書,以解有罪,以殺不辜。
書き下し
夫れ物は未だ嘗て張りて馳めず、成りて毀れざる者有らざるなり。惟だ聖人のみ能く盛んにして衰えず、盈ちて虧けず。神農の初めて琴を作るや、以て神を歸せしむ。其の淫するに及びては、其の天心に反す。夔の初めて樂を作るや、皆な六律に合して五音を調え、以て八風を通ず。其の衰うるに及びては、以て沉湎淫康し、政治を顧みず、滅亡に至る。蒼頡の初めて書を作るや、以て百官を辯治し、萬事を領理し、愚者は以て忘れざるを得、智者は以て遠きを志すを得たり。其の衰うるに至りては、奸を爲し僞書を刻み、以て有罪を解き、以て不辜を殺す。
現代語訳
張ったまま緩まないもの、成ったまま壊れないものは、これまでにない。ただ聖人だけが、盛んになって衰えず、満ちて欠けない。神農がはじめて琴を作ったのは、心を静めて神に帰させるためだった。それが度を越すと、天の心に背くものになった。夔がはじめて楽を作ったときは、六律に合わせ五音を調え、八方の風を通わせた。それが衰えると、酒色に溺れて政治を顧みず、滅亡に至った。蒼頡がはじめて文字を作ったのは、百官の仕事を分けて治め、万事を整理し、愚かな者も忘れずに済み、賢い者は遠くを志せるようにするためだった。それが衰えると、悪事のために偽の文書を刻み、罪ある者を放免し、罪なき者を殺すようになった。
解説
この章句が説くこと
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『淮南子』本經訓天地の大なるは、矩表を以て識る可きなり。星月の行は、曆を以て推し得可きなり。雷震の聲は、鼓鐘を以て寫す可きなり。風雨の變は、音律を以て知る可きなり。是の故に大にして睹る可き者は、得て量る可きなり。明にして見る可き者は、得て蔽う可きなり。聲の聞く可き者は、得て調う可きなり。色の察す可き者は、得て別つ可きなり。夫れ至大は、天地も含む能わず。至微は、神明も領する能わず。律曆を建て、五色を別ち、清濁を異にし、甘苦を味わうに及びては、則ち樸 散じて器と為る。仁義を立て、禮樂を修むれば、則ち德 遷りて偽と為る。偽の生ずるに及ぶや、智を飾りて以て愚を驚かし、詐を設けて以て上を巧む。天下に能く之を持する者有り、能く之を治むる者有るなり。昔者 蒼頡 書を作りて、天 粟を雨らし、鬼 夜に哭す。伯益 井を作りて、龍 玄雲に登り、神 昆侖に棲む。能 愈々多くして德 愈々薄し。故に周鼎に倕を著し、其の指を銜ましめて、以て大巧の為す可からざるを明らかにす。故に至人の治や、心は神と處り、形は性と調い、靜かにして德を體し、動きて理 通ず。自然の性に隨いて已むを得ざるの化に緣り、洞然として無為にして天下自ら和し、憺然として無欲にして民自ら樸なり。𧝞祥無くして民 夭せず、忿爭せずして養い足り、海內を兼ね包み、澤 後世に及びて、之を為すは誰何なるかを知らず。是の故に生きては號無く、死しては諡無く、實 聚まらずして名 立たず。施す者は德とせず、受くる者は讓らず、德 交ごも歸す。而も之を充忍する莫きなり。
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『淮南子』泰族訓故に民 書を知りて德 衰え、數を知りて厚 衰え、券契を知りて信 衰え、機械を知りて實 衰うるなり。巧詐 胸中に藏すれば、則ち純白 備わらずして、神德 全からず。琴 鳴らずして、二十五弦 各々其の聲を以て應ず。軸 運らずして、三十輻 各々其の力を以て旋る。弦に緩急小大有りて、然る後に曲を成す。車に勞逸動靜有りて、而る後に能く遠きを致す。聲有らしむる者は、乃ち聲無き者なり。能く千里を致す者は、乃ち動かざる者なり。
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文子・上禮唯だ聖人のみ盛んにして敗れざる可し。聖人の初めて楽を作るや、以て神を帰し淫を杜ぎ、其の天心に反さんとす、其の衰うるに至りては、流れて反らず、淫して色を好み、正法を顧みず、流れて後世に及び、亡国に至る。其の書を作るや、以て百事を領理し、愚者は以て忘れず、智者は以て事を記す、其の衰うるに及びては、姦偽を為して以て有罪を解き無辜を殺す。其の囿を作るや、以て宗廟の具を成し、士卒を簡びて以て不虞を戒む、其の衰うるに及びては、馳騁弋猟して以て民の時を奪い、以て民力を罷らす。其の賢を上ぶや、以て教化を平らげ、獄訟を正す、賢者位に在り、能者職に在り、沢下に施し、万民徳に懐く、其の衰うるに至りては、朋党比周し、各おの其の与する所を推し、公を廃して私に趣き、外内相挙げ、姦人位に在り、賢者隠処す。天地の道は、極まれば則ち反り、益せば則ち損す、故に聖人は弊を治めて制を改め、事終われば更め為す、其の美は和に在り、其の失は権に在り。聖人の道に曰く、礼義を修むるに非ざれば、廉恥立たず、民に廉恥無ければ、以て治む可からず、礼義を知らざれば、法も正す能わず、善を崇び醜を廃するに非ざれば、礼義に嚮わず、法無ければ以て治を為す可からず、礼義を知らざれば以て法を行う可からず、法は不孝を殺す能うも、人をして孝ならしむる能わず、盗を刑する能うも、廉ならしむる能わず、と。聖王上に在りては、好悪を明らかにして以て人に示し、非誉を経して以て之を導き、親しみて之を進め、不肖を賤しみて之を退け、刑錯きて用いず、礼義修まりて賢徳に任ずるなり。
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『淮南子』脩務訓昔者、蒼頡は書を作り、容成は曆を造り、胡曹は衣を爲り、后稷は耕稼し、儀狄は酒を作り、奚仲は車を爲る。此の六人なる者は、皆な神明の道、聖智の跡有り。故に人 一事を作して後世に遺す。能く一人にして獨り兼ねて之を有するに非ざるなり。各々其の知を悉くし、其の達せんと欲する所を貴び、遂に天下の備えと爲る。今 六子なる者をして事を易えしめば、而して明らかに見る能わざる者は何ぞ。萬物 至って眾くして、知 以て之を奄うに足らざればなり。周室より以後、六子の賢無くして、皆な其の業を修む。當世の人、一人の才無くして、其の六賢の道を知る者は何ぞ。教え順に施し續きて、知 能く流通すればなり。此れに由りて之を觀れば、學は已む可からざること、明らかなり。
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『淮南子』泰族訓故に易の失は、卦なり。書の失は、敷なり。樂の失は、淫なり。詩の失は、辟なり。禮の失は、責なり。春秋の失は、刺なり。天地の道は、極まれば則ち反り、盈つれば則ち損ず。五色 朗らかなりと雖も、時有りて渝わる。茂木豐草も、時有りて落つ。物に隆殺有りて、自若たるを得ず。故に聖人は事 窮まれば而ち更め爲し、法 弊るれば而ち制を改む。古を變じ常を易うるを樂しむに非ざるなり。將に以て敗を救い衰を扶け、淫を黜け非を濟い、以て天地の氣を調え、萬物の宜しきに順わんとするなり。
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『淮南子』本經訓故に鐘鼓管簫、幹鏚羽旄は、喜を飾る所以なり。衰絰苴杖、哭踴に節有るは、哀を飾る所以なり。兵革羽旄、金鼓斧鉞は、怒を飾る所以なり。必ず其の質有りて、乃ち之が文を為す。古者 聖人 上に在りて、政教 平らかに、仁愛 洽く、上下 心を同じくし、君臣 輯睦し、衣食 餘り有り、家 給し人 足り、父は慈にして子は孝、兄は良にして弟は順、生者 怨まず、死者 恨まず、天下 和洽して、人 其の願いを得たり。夫れ人 相い樂しみ、貺を發する所無し。故に聖人 之が為に樂を作りて以て之を和節す。末世の政は、田漁に稅を重くし、關市に征を急にし、澤梁 畢く禁じ、網罟 布く所無く、耒耜 以て設くる無く、民力 徭役に竭き、財用 會賦に殫き、居る者 食無く、行く者 糧無く、老者 養われず、死者 葬られず、妻を贅し子を鬻ぎて、以て上の求めに給するも、猶お澹すこと能わず。愚夫蠢婦 皆な流連の心、悽愴の志有り。乃ち始めて之が為に大鐘を撞き、鳴鼓を擊ち、竽笙を吹き、琴瑟を彈かしむるは、樂の本を失えるなり。

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