淮南子 / 本經訓
故鐘鼓管簫,幹鏚羽旄,所以飾喜也;衰絰苴杖,哭踴有節,所以飾哀也;兵革羽旄,金鼓斧鉞,所以飾怒也。必有其質,乃為之文。古者聖人在上,政教平,仁愛洽,上下同心,君臣輯睦,衣食有餘,家給人足,父慈子孝,兄良弟順,生者不怨,死者不恨,天下和洽,人得其願。夫人相樂,無所發貺,故聖人為之作樂以和節之。末世之政,田漁重稅,關市急征,澤梁畢禁,網罟無所布,耒耜無以設,民力竭於徭役,財用殫於會賦,居者無食,行者無糧,老者不養,死者不葬,贅妻鬻子,以給上求,猶弗能澹,愚夫蠢婦皆有流連之心,悽愴之志,乃使始為之撞大鐘,擊鳴鼓,吹竽笙,彈琴瑟,失樂之本矣。
新字:故鐘鼓管簫,幹鏚羽旄,所以飾喜也;衰絰苴杖,哭踴有節,所以飾哀也;兵革羽旄,金鼓斧鉞,所以飾怒也。必有其質,乃為之文。古者聖人在上,政教平,仁愛洽,上下同心,君臣輯睦,衣食有余,家給人足,父慈子孝,兄良弟順,生者不怨,死者不恨,天下和洽,人得其願。夫人相楽,無所発貺,故聖人為之作楽以和節之。末世之政,田漁重税,関市急征,沢梁畢禁,網罟無所布,耒耜無以設,民力竭於徭役,財用殫於会賦,居者無食,行者無糧,老者不養,死者不葬,贅妻鬻子,以給上求,猶弗能澹,愚夫蠢婦皆有流連之心,悽愴之志,乃使始為之撞大鐘,撃鳴鼓,吹竽笙,弾琴瑟,失楽之本矣。
書き下し
故に鐘鼓管簫、幹鏚羽旄は、喜を飾る所以なり。衰絰苴杖、哭踴に節有るは、哀を飾る所以なり。兵革羽旄、金鼓斧鉞は、怒を飾る所以なり。必ず其の質有りて、乃ち之が文を為す。古者 聖人 上に在りて、政教 平らかに、仁愛 洽く、上下 心を同じくし、君臣 輯睦し、衣食 餘り有り、家 給し人 足り、父は慈にして子は孝、兄は良にして弟は順、生者 怨まず、死者 恨まず、天下 和洽して、人 其の願いを得たり。夫れ人 相い樂しみ、貺を發する所無し。故に聖人 之が為に樂を作りて以て之を和節す。末世の政は、田漁に稅を重くし、關市に征を急にし、澤梁 畢く禁じ、網罟 布く所無く、耒耜 以て設くる無く、民力 徭役に竭き、財用 會賦に殫き、居る者 食無く、行く者 糧無く、老者 養われず、死者 葬られず、妻を贅し子を鬻ぎて、以て上の求めに給するも、猶お澹すこと能わず。愚夫蠢婦 皆な流連の心、悽愴の志有り。乃ち始めて之が為に大鐘を撞き、鳴鼓を擊ち、竽笙を吹き、琴瑟を彈かしむるは、樂の本を失えるなり。
現代語訳
だから鐘や太鼓や笛、盾や斧や羽飾りは、喜びを飾るためのものである。喪服と杖、泣き方や足の踏み方に節があるのは、哀しみを飾るためのものである。武具や羽飾り、鉦や太鼓や斧鉞は、怒りを飾るためのものである。必ずその中身があってはじめて、その飾りを作る。昔、聖人が上にあったときは、政も教えも平らかで、仁と愛が行き渡り、上下は心を同じくし、君臣は睦まじく、衣食に余りがあり、家は満ち人は足り、父は慈しみ子は孝、兄は良く弟は従い、生きている者は怨まず、死んだ者は恨まず、天下は和らぎ、人はその願いを得ていた。人々は互いに楽しんでも、それを表す手立てがなかった。だから聖人がそのために楽を作り、和らげ節をつけた。末の世の政は、田や漁に重い税をかけ、関所と市に厳しく取り立て、沢や梁をことごとく禁じ、網を張るところもなく、鋤を入れるところもなく、民の力は労役に尽き、財は取り立てに尽き、家にいる者は食べ物がなく、旅に出る者は糧がなく、老人は養われず、死者は葬られず、妻を質に入れ子を売って上の求めに応じても、なお満たすことができない。愚かな男も女も、みな行き場のない心と、痛ましい思いを抱えている。そこではじめて、そのために大鐘を撞き、鳴り太鼓を打ち、笙を吹き、琴と瑟を弾かせるのは、楽の本を失っている。
解説
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