淮南子 / 泰族訓
聖主在上,廓然無形,寂然無聲,官府若無事,朝廷若無人。無隱士,無軼民,無勞役,無冤刑,四海之內,莫不仰上之德,象主之指,夷狄之國,重譯而至,非戶辯而家說之也,推其誠心,施之天下而已矣。《詩》曰:「惠此中國,以綏四方。」內順而外寧矣。
新字:聖主在上,廓然無形,寂然無声,官府若無事,朝廷若無人。無隠士,無軼民,無労役,無冤刑,四海之内,莫不仰上之徳,象主之指,夷狄之国,重訳而至,非戸弁而家説之也,推其誠心,施之天下而已矣。《詩》曰:「恵此中国,以綏四方。」内順而外寧矣。
書き下し
聖主 上に在れば、廓然として形無く、寂然として聲無し。官府は事無きが若く、朝廷は人無きが若し。隱士無く、軼民無く、勞役無く、冤刑無し。四海の內、上の德を仰ぎ、主の指に象らざる莫し。夷狄の國、譯を重ねて至る。戶ごとに辯じ家ごとに之に說くに非ざるなり。其の誠心を推して、之を天下に施すのみ。詩に曰く「此の中國を惠み、以て四方を綏んず」と。內 順いて外 寧し。
現代語訳
聖なる主君が上にあれば、がらんとして形がなく、ひっそりとして声がない。役所は仕事がないかのようで、朝廷は人がいないかのようである。隠れて出ない士もなく、はみ出す民もなく、無駄な労役もなく、冤罪もない。四海の内で、上の徳を仰ぎ、主の指し示すところに倣わない者はない。異民族の国も、通訳を重ねてやって来る。戸ごとに説き、家ごとに説いて回ったのではない。その誠の心を推し広げて、天下に施しただけである。詩に「この中原を恵み、四方を安んじる」とある。内が従えば外は静かになる。
解説
うまくいっている場所は、何も起きていないように見える、という描写です。役所は暇そうで、朝廷は人がいないよう。隠れる士も、はみ出す民も、冤罪もない。何もしていないのではなく、必要がなくなっている。「戶ごとに辯じ家ごとに之に說くに非ざるなり」——一人ずつ説得して回った結果ではありません。
この章句が説くこと
聖主上に在れば廓然として形無く寂然として声無し官府は事無きが若く朝廷は人無きが若し隠士無く軼民無く労役無く冤刑無し戸ごとに弁じ家ごとに之に説くに非ざるなり其の誠心を推して之を天下に施すのみ内順いて外寧し統治
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