淮南子 / 脩務訓
且夫精神滑淖纖微,倏忽變化,與物推移,雲蒸風行,在所設施。君子有能精搖摩監,砥礪其才,自試神明,覽物之博,通物之壅,觀始卒之端,見無外之境,以逍遙仿佯於塵埃之外,超然獨立,卓然離世,此聖人之所以游心。
新字:且夫精神滑淖繊微,倏忽変化,与物推移,雲蒸風行,在所設施。君子有能精揺摩監,砥礪其才,自試神明,覧物之博,通物之壅,観始卒之端,見無外之境,以逍遥仿佯於塵埃之外,超然独立,卓然離世,此聖人之所以游心。
書き下し
且つ夫れ精神は滑淖纖微、倏忽として變化し、物と推移し、雲蒸風行して、設施する所に在り。君子 能く精搖摩監し、其の才を砥礪し、自ら神明を試み、物の博きを覽、物の壅がるを通じ、始卒の端を觀、無外の境を見、以て塵埃の外に逍遙仿佯し、超然として獨立し、卓然として世を離るる有らば、此れ聖人の心を游ばしむる所以なり。
現代語訳
精神はなめらかで細やかで、たちまち変化し、物とともに移り、雲が湧き風が渡るように動いて、どう働かせるかにかかっている。君子が精神を揺り動かし磨き見張り、その才を研ぎ、自ら霊妙なはたらきを試し、物の広さを見渡し、物の詰まりを通し、始めと終わりの端を見、果てのない境を見て、塵の外に心を遊ばせ、超然と独り立ち、抜きん出て世を離れることができたなら、これが聖人が心を遊ばせるやり方である。
解説
前段まで、学びを砥石や矯め木にたとえてきました。ここでは磨いた先に何が開けるかが語られます。「物の博きを覽、物の壅がるを通じ」——広さを見渡し、詰まりを通す。心は「設施する所に在り」、どう働かせるか次第で、放っておけば雲や風のように流れ去るだけです。
この章句が説くこと
精神は滑淖繊微倏忽として変化し物と推移す雲蒸風行して設施する所に在り君子能く精揺摩監し其の才を砥礪し自ら神明を試む物の博きを覧物の壅がるを通じ始卒の端を観る以て塵埃の外に逍遥仿佯し超然として独立す此れ聖人の心を游ばしむる所以なり精神
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