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淮南子 / 精神訓

居而無容,處而無所,其動無形,其靜無體,存而若亡,生而若死,出入無間,役使鬼神。淪于不測,入於無間,以不同形相嬗也,終始若環,莫得其倫。此精神之所以能登假於道也。是故真人之所游。若吹呴呼吸,吐故內新,熊經鳥伸,鳧浴蝯躩,鴟視虎顧,是養形之人也,不以滑心。使神滔蕩而不失其充,日夜無傷而與物為春,則是合而生時於心也。

新字:居而無容,処而無所,其動無形,其静無体,存而若亡,生而若死,出入無間,役使鬼神。淪于不測,入於無間,以不同形相嬗也,終始若環,莫得其倫。此精神之所以能登仮於道也。是故真人之所游。若吹呴呼吸,吐故内新,熊経鳥伸,鳧浴蝯躩,鴟視虎顧,是養形之人也,不以滑心。使神滔蕩而不失其充,日夜無傷而与物為春,則是合而生時於心也。

書き下し

居りて容無く、處りて所無く、其の動くや形無く、其の靜かなるや體無し。存して亡きが若く、生きて死せるが若く、出入 間無く、鬼神を役使す。不測に淪み、無間に入り、形を同じくせざるを以て相い嬗るなり。終始 環の若く、其の倫を得る莫し。此れ精神の能く道に登假する所以なり。是の故に真人の游ぶ所なり。吹呴呼吸し、故きを吐き新しきを內れ、熊經鳥伸、鳧浴蝯躩、鴟視虎顧するが若きは、是れ形を養うの人なり、以て心を滑らさず。神をして滔蕩ならしめて其の充を失わず、日夜 傷むこと無くして物と春を為さば、則ち是れ合して時を心に生ずるなり。

現代語訳

居ても容れ物がなく、いても場所がなく、動いてもかたちがなく、静かでも体がない。あるようで無く、生きているようで死んでおり、出入りに隙間がなく、鬼神を使う。測れないところに沈み、隙間のないところに入り、かたちを同じくしないまま移り変わる。終わりと始まりは輪のようで、その筋道をつかめない。これが精神が道にまで昇り届ける理由である。だからこれこそ真人の遊ぶところである。息を吹き吐き吸い、古い気を吐いて新しい気を入れ、熊のように木にぶら下がり鳥のように伸び、鴨のように水を浴び猿のように跳ね、ふくろうのように見て虎のように振り返る、といったことは、体を養う人のすることであって、それで心を滑らせてはならない。精神をのびやかにして、その満ちたものを失わず、日夜傷めることなく万物とともに春をなすなら、それこそ合わさって時が心に生じるということである。

解説

古い気を吐いて新しい気を入れる呼吸法、熊や鳥をまねる体操。いまでいう養生法が具体的に列挙されます。この篇はそれを否定しません。ただ「是れ形を養うの人なり、以て心を滑らさず」と位置づける。体を整える技であって、それ自体が目的になって心が引きずられてはいけない、と。手段を熱心にやるうちに、それが本体になってしまう危うさを、はっきり切り分けています。

この章句が説くこと

存して亡きが若く生きて死せるが若し終始環の若く其の倫を得る莫し此れ精神の能く道に登仮する所以なり吹呴呼吸し故きを吐き新しきを内れ熊経鳥伸するは是れ形を養うの人なり以て心を滑らさず養生

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