淮南子 / 脩務訓
段干木辭祿而處家,魏文侯過其閭而軾之。其仆曰:「君何為軾?」文侯曰:「段干木在,是以軾。」其仆曰:「段干木布衣之士,君軾其閭,不已甚乎?」文侯曰:「段干木不趨勢利,懷君子之道,隱處窮巷,聲施千里,寡人敢勿軾乎!段干木光於德,寡人光於勢;段干木富於義,寡人富於財。勢不若德尊,財不若義高。干木雖以己易寡人不為。吾日悠慚於影,子何以輕之哉!」其後秦將起兵伐魏,司馬庾諫曰:「段干木賢者,其君禮之,天下莫不知,諸侯莫不聞,舉兵伐之,無乃妨於義乎!」於是秦乃偃兵,輟不攻魏。
新字:段干木辞禄而処家,魏文侯過其閭而軾之。其仆曰:「君何為軾?」文侯曰:「段干木在,是以軾。」其仆曰:「段干木布衣之士,君軾其閭,不已甚乎?」文侯曰:「段干木不趨勢利,懐君子之道,隠処窮巷,声施千里,寡人敢勿軾乎!段干木光於徳,寡人光於勢;段干木富於義,寡人富於財。勢不若徳尊,財不若義高。干木雖以己易寡人不為。吾日悠慚於影,子何以軽之哉!」其後秦将起兵伐魏,司馬庾諫曰:「段干木賢者,其君礼之,天下莫不知,諸侯莫不聞,舉兵伐之,無乃妨於義乎!」於是秦乃偃兵,輟不攻魏。
書き下し
段干木 祿を辭して家に處る。魏の文侯 其の閭を過ぎて之に軾す。其の仆曰く「君 何爲れぞ軾する」と。文侯曰く「段干木 在り。是を以て軾す」と。其の仆曰く「段干木は布衣の士なり。君 其の閭に軾するは、已に甚だしからずや」と。文侯曰く「段干木は勢利に趨らず、君子の道を懷き、窮巷に隱處して、聲 千里に施く。寡人 敢えて軾する勿からんや。段干木は德に光り、寡人は勢に光る。段干木は義に富み、寡人は財に富む。勢は德の尊きに若かず、財は義の高きに若かず。干木 己を以て寡人に易うと雖も爲さざらん。吾 日に影に悠慚す。子 何を以て之を輕んずるや」と。其の後 秦 將に兵を起こして魏を伐たんとす。司馬庾 諫めて曰く「段干木は賢者なり。其の君 之を禮す。天下 知らざる莫く、諸侯 聞かざる莫し。兵を舉げて之を伐つは、義に妨ぐる無からんや」と。是に於いて秦 乃ち兵を偃せ、輟めて魏を攻めず。
現代語訳
段干木は禄を辞退して家に引きこもっていた。魏の文侯はその門前を通るとき、車の横木に手をついて礼をした。従者が言った。「君はなぜ礼をされるのですか」。文侯は言った。「段干木がいる。だから礼をするのだ」。従者が言った。「段干木は無位の士です。君がその門に礼をするのは、やりすぎではありませんか」。文侯は言った。「段干木は権勢や利に走らず、君子の道を抱いて、貧しい路地に隠れ住みながら、名声は千里に及んでいる。わしが礼をせずにいられようか。段干木は徳に光り、わしは権勢に光る。段干木は義に富み、わしは財に富む。権勢は徳の尊さに及ばず、財は義の高さに及ばない。干木は、自分の身をわしと取り替えようとは思うまい。わしは日ごとに自分の影に恥じている。お前はどうしてあの人を軽んじるのか」。その後、秦が兵を起こして魏を伐とうとした。司馬庾が諫めて言った。「段干木は賢者です。その君が礼を尽くしている。天下に知らない者はなく、諸侯に聞かない者はない。兵を挙げて伐つのは、義に反するのではありませんか」。そこで秦は兵を収め、魏を攻めるのをやめた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
司馬法・嚴位凡そ戦いは、敬すれば則ち慊(こころよ)し、率(そつ)すれば則ち服す。
-
説苑・雜言仲尼曰く、「史に君子の道三つ有り。仕えずして上を敬い、祀らずして鬼を敬い、直にして能く人に曲がる」と。
-
孟子・公孫丑章句下ち不敬是より大なるは莫し。我は堯舜の道に非ざれば、敢て以て王の前に陳ぜず。故に齊の人は我の王を敬するに如くもの莫きなり。」景子曰く、「否。此の謂に非ざるなり。禮に曰く、『父召せば、諾する無し。君命じて召せば、駕するを俟たず。』固より將に朝せんとするなり。王命を聞きて遂に果さず。宜しく夫の禮と相似ざるが如く然るべし。」曰く、「豈に是を謂わんや。曾子曰く、『晉楚の富は、及ぶ可からざるなり。彼は其の富を以てし、我は吾が仁を以てす。彼は其の爵を以てし、我は吾が義を以てす。吾何ぞ慊せんや。』夫れ豈に不義にして曾子之を言わんや。是れ或は一道なり。天下に達尊三有り。爵一、齒一、德一。朝廷は爵に如くは莫く、ᰰ黨は齒に如くは莫く、世を輔け民に長たるは徳に如くは莫し。惡くんぞ其の一を有して、以て其の二を慢るを得んや。故に將に大いに為す有らんとするの君は、必ず召さざる所の臣有り。謀ること有らんと欲すれば、則ち之に就く。其の徳を尊び道を樂しむこと、是くの如くならざれば、與に為す有るに足らざるなり。故に湯の伊尹に於ける、學びて而る後に之を臣とす。故に勞せずして王たり。桓公の管仲に於ける、學びて而る後に之を臣とす。故に勞せずして霸たり。今、天下、地醜(たぐい)し德齊しく、能く相尚(すぎる)ぐるもの無きは、他無し。其の教うる所を臣とするを好みて、其の教えを受くる所を臣とするを好まず。湯の伊尹に於ける、桓公の管仲に於けるは、則ち敢て召さず。管仲すら且つ猶ほ召す可からず。而るを況んや管仲を為さざる者をや。」
-
孟子・盡心章句上孟子曰く、「食いて愛せざるは、之を豕交するなり。愛して敬せざるは、之を獸畜するなり。恭敬なる者は、幣の未だ將わざる者なり。恭敬にして實無ければ、君子虚拘す可からず。」
-
史記 管晏列伝越石父賢なるに、縲紲の中に在り。晏子出でて、之に塗に遭ひ、左驂を解きて之を贖ひ、載せて帰る。謝せずして閨に入る。之を久しくして、越石父絶たんことを請ふ。晏子懼然として、衣冠を摂へ、謝して曰く、「嬰不仁と雖も、子を戹より免れしむ。何ぞ子の絶たんを求むるの速やかなるか」と。石父曰く、「然らず。吾聞く、君子は己を知らざる者に詘するも、己を知る者に信ぶ、と。方に吾縲紲の中に在るや、彼我を知らざるなり。夫子既に已にして感寤して我を贖へり。是れ己を知るなり。己を知りて礼無きは、固より縲紲の中に在るに如かず」と。晏子是に於いて延き入れて上客と為す。
-
論語・子罕篇子、斉衰者、冕衣裳者と瞽者とを見れば、之を見て、少しと雖も必ず作ち、之を過ぐれば必ず趨る。