淮南子 / 人間訓
魯季氏與郈氏鬥雞,郈氏介其雞,而季氏為之金距。季氏之雞不勝,季平子怒,因侵郈氏之宮而築之。郈昭伯怒,傷之魯昭公曰:「禱於襄公之廟,舞者二人而已,其餘盡舞於季氏。季氏之無道無上,久矣。弗誅,必危社稷。」公以告子家駒子家駒曰:「季氏之得眾,三家為一。其德厚,其威強,君胡得之!」昭公弗聽,使郈昭伯將卒以攻之。仲孫氏、叔孫氏相與謀曰:「無季氏,死亡無日矣。」遂興兵以救之。郈昭伯不勝而死,魯昭公出奔齊。
新字:魯季氏与郈氏鬥雞,郈氏介其雞,而季氏為之金距。季氏之雞不勝,季平子怒,因侵郈氏之宮而築之。郈昭伯怒,傷之魯昭公曰:「禱於襄公之廟,舞者二人而已,其余尽舞於季氏。季氏之無道無上,久矣。弗誅,必危社稷。」公以告子家駒子家駒曰:「季氏之得眾,三家為一。其徳厚,其威強,君胡得之!」昭公弗聴,使郈昭伯将卒以攻之。仲孫氏、叔孫氏相与謀曰:「無季氏,死亡無日矣。」遂興兵以救之。郈昭伯不勝而死,魯昭公出奔斉。
書き下し
魯の季氏 郈氏と雞を鬥わしむ。郈氏 其の雞に介し、季氏 之が爲に金距す。季氏の雞 勝たず。季平子 怒り、因りて郈氏の宮を侵して之を築く。郈昭伯 怒り、之を魯の昭公に傷りて曰く「襄公の廟に禱るに、舞う者 二人のみ。其の餘は盡く季氏に舞う。季氏の無道にして上無きこと、久し。誅せずんば、必ず社稷を危うくせん」と。公 以て子家駒に告ぐ。子家駒曰く「季氏の眾を得たること、三家 一と爲る。其の德 厚く、其の威 強し。君 胡ぞ之を得ん」と。昭公 聽かず、郈昭伯をして卒を將いて以て之を攻めしむ。仲孫氏・叔孫氏 相い與に謀りて曰く「季氏無くば、死亡 日無からん」と。遂に兵を興して以て之を救う。郈昭伯 勝たずして死し、魯の昭公 出でて齊に奔る。
現代語訳
魯の季氏が郈氏と闘鶏をした。郈氏は自分の鶏に鎧を着せ、季氏は鶏の蹴爪に金具をつけた。季氏の鶏が勝てなかった。季平子は怒り、郈氏の屋敷を侵して垣を築いた。郈昭伯は怒り、魯の昭公に訴えて言った。「襄公の廟に祈るのに、舞い手はわずか二人です。残りはみな季氏のところで舞っております。季氏が無道で上をないがしろにして久しい。誅さなければ、必ず社稷を危うくします」。公はこれを子家駒に告げた。子家駒は言った。「季氏が人心を得ていることでは、三家は一つになっています。その徳は厚く、その威は強い。君にどうして討てましょう」。昭公は聞かず、郈昭伯に兵を率いて攻めさせた。仲孫氏と叔孫氏は相談して言った。「季氏がなくなれば、我々の死ぬ日も近い」。そこで兵を起こして季氏を救った。郈昭伯は勝てずに死に、魯の昭公は国を出て斉へ逃げた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・察微⑤魯の季氏と郈氏と雞を鬭わす。郈氏、其の雞に介し、季氏之に金距を為る。季氏の雞勝たず。季平子怒り、因りて郈氏に宮歸して其の宅を益す。郈昭伯怒り、之を昭公に傷りて曰く、「襄公の廟に禘するや、舞う者二人のみ。其の餘は盡く季氏に舞う。季氏の道を無みし、上を無みすること久し。誅せずんば必ず社稷を危うくせん。」公怒りて審らかにせず。乃ち郈昭伯をして師徒を将いて以て季氏を攻めしめ、遂に其の宮に入る。仲孫氏・叔孫氏相與に謀りて曰く、「季氏無くんば、則ち吾が族や死亡せんこと日無けん。」遂に甲を起こして以て往き、西北隅を陥れて以て之に入り、三家一と為る。郈昭伯勝たずして死す。昭公懼れ、遂に齊に出奔し、乾侯に卒せり。魯昭、傷りを聽きて其の義を辯ぜず。魯國を以て季氏に勝たざるを懼れて、仲・叔氏の恐れて季氏と患いを同じうするを知らず。是れ人心に達せざるなり。人心に達せずんば、位尊しと雖も、何ぞ安きに益せん。魯國を以てするも恐らくは一季氏に勝たざらん。況んや三季惡を同うし、固く相助くるに於いてをや。物を權ること此の若くんば、其れ過るなり。獨り仲・叔氏のみに非ざるなり。魯國皆恐る。魯國皆恐るれば、則ち是れ一國と敵為るなり。其れ乾侯に至りて卒するを得しは、猶ほ遠し。
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『淮南子』人間訓故に禍の從りて生ずる所の者は、雞定に始まる。其の大なるに及びてや、社稷を亡ぼすに至る。故に蔡女 舟を蕩かして、齊師 大いに楚を侵す。兩人 怨を搆え、廷に宰予を殺し、簡公 殺に遇い、身 死して後無く、陳氏 之に代わり、齊 乃ち呂無し。兩家 雞を鬥わしめ、季氏 金距し、郈公 難を作し、魯の昭公 出走す。故に師の處る所、生ずるに棘楚を以てす。禍 生じて蚤く滅せざれば、火の燥を得、水の濕を得るが若く、浸みて益々大なり。癰疽 指に發すれば、其の痛み 體に遍し。故に蠹啄は梁柱を剖き、蟁虻は牛羊を走らすとは、此れの謂いなり。人は皆な患を救うの備えに務むるも、患をして生ずること無からしむるを知る能わず。夫れ患をして生ずること無からしむるは、患を救うより易し。而るに能く務めを加うる莫くんば、則ち未だ與に術を言う可からざるなり。
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『淮南子』人間訓昔者、衛君 吳に朝す。吳王 之を囚え、之を海に流さんと欲す。說く者 冠蓋 相い望むも、止むる能わず。魯君 之を聞き、鐘鼓の縣を撤し、縞素して朝す。仲尼 入り見えて曰く「君 胡爲れぞ憂色有る」と。魯君曰く「諸侯に親無く、諸侯を以て親と爲す。大夫に黨無く、大夫を以て黨と爲す。今 衛君 吳王に朝するに、吳王 之を囚えて海に流さんと欲す。孰か衛君の仁義にして此の難に遭わんと意わんや。吾 之を免れしめんと欲するも能わず。奈何と爲さん」と。仲尼曰く「若し之を免れしめんと欲せば、則ち子貢を行かしむるを請う」と。魯君 子貢を召し、之に將軍の印を授く。子貢 辭して曰く「貴きは患を解くに益無し。由る所の道に在り」と。躬を斂めて行き、吳に至り、太宰嚭に見ゆ。
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孔子家語・正論解叔孫穆子、難を避けて齊に奔る。庚宗の邑に宿り、庚宗の寡婦と通じて牛を生む。穆子魯に返り、牛を以て內豎と為し、家を相けしむ。牛叔孫の二人を讒し、之を殺す。叔孫病有るも、牛其の饋を通ぜず、食らわずして死す。牛遂に叔孫の庶子昭を輔けて、之を立つ。昭子既に朝に立つや、其の家眾曰く、「豎牛叔孫氏を禍いし、大從を亂れしむ。適を殺し庶を立て、又其の邑を被り、以て罪を舍(のが)れんことを求む。罪焉より大なるは莫し、必ず速やかに之を殺せ。」遂に豎牛を殺す。孔子曰く、「叔孫昭子の勞せざるは、能くすべからざるなり。周任言えること有りて曰く、『政を為す者は、私勞を賞せず、私怨を罰せず。』と。詩に云う、『覺(かく)たる德行有れば、四國之に順う。』と。昭子焉れ有り。」
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『淮南子』人間訓或いは利を爭いて反って之を強くし、或いは聽從して反って之を止む。何を以て其の然るを知るや。魯の哀公 西のかた宅を益さんと欲す。史 之を爭い、以て西のかた宅を益すは不祥と爲す。哀公 色を作して怒る。左右 數々諫むるも聽かず。乃ち以て其の傅 宰折睢に問いて曰く「吾 宅を益さんと欲するに、史 以て不祥と爲す。子 以て何如と爲す」と。宰折睢曰く「天下に三不祥有り。西のかた宅を益すは焉に與らず」と。哀公 大いに悅びて喜ぶ。頃くして、復た問いて曰く「何をか三不祥と謂う」と。對えて曰く「禮義を行わざるは、一の不祥なり。嗜慾 止まる無きは、二の不祥なり。強諫を聽かざるは、三の不祥なり」と。哀公 默然として深く念い、憤然として自ら反り、遂に西のかた宅を益さず。夫れ史は爭うを以て之を止む可しと爲すも、爭わずして反って之を取るを知らざるなり。
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『淮南子』要略齊の景公 內には聲色を好み、外には狗馬を好み、獵射して歸るを亡れ、色を好みて辨無し。路寢の台を作爲し、族りて大鍾を鑄、之を庭下に撞けば、郊雉 皆な呴く。一朝に三千鍾の贛を用う。梁丘據・子家噲 左右に導く。故に晏子の諫 生ず。