淮南子 / 人間訓
張武為智伯謀曰:「晉六將軍,中行文子最弱,而上下離心,可伐以廣地。」於是伐范、中行。滅之矣,又教智伯求地於韓、魏、趙。韓、魏裂地而授之,趙氏不與,乃率韓、魏而伐趙,圍晉陽三年。三國陰謀同計,以擊智氏,遂滅之。此務為君廣地者也。
新字:張武為智伯謀曰:「晉六将軍,中行文子最弱,而上下離心,可伐以広地。」於是伐范、中行。滅之矣,又教智伯求地於韓、魏、趙。韓、魏裂地而授之,趙氏不与,乃率韓、魏而伐趙,囲晉陽三年。三国陰謀同計,以擊智氏,遂滅之。此務為君広地者也。
書き下し
張武 智伯の爲に謀りて曰く「晉の六將軍、中行文子 最も弱くして、上下 心を離る。伐ちて以て地を廣む可し」と。是に於いて范・中行を伐つ。之を滅し、又た智伯に教えて地を韓・魏・趙に求めしむ。韓・魏 地を裂きて之に授く。趙氏 與えず。乃ち韓・魏を率いて趙を伐ち、晉陽を圍むこと三年。三國 陰かに謀り計を同じくし、以て智氏を擊ち、遂に之を滅す。此れ君の爲に地を廣むるに務むる者なり。
現代語訳
張武が智伯のために謀って言った。「晋の六人の将軍のうち、中行文子がもっとも弱く、上下の心が離れています。伐って領土を広げられます」。そこで范氏と中行氏を伐ち、これを滅ぼした。さらに智伯に、韓・魏・趙に土地を求めるよう勧めた。韓と魏は土地を裂いて与えた。趙氏は与えなかった。そこで韓と魏を率いて趙を伐ち、晋陽を三年囲んだ。三国はひそかに謀って計を合わせ、智氏を撃ち、ついにこれを滅ぼした。これが君のために領土を広げることに努める者である。
解説
張武の献策は、一つひとつは正しく当たっています。中行文子は実際に弱く、伐てば取れた。韓と魏は実際に土地を差し出した。それでも三年後、智伯は滅びました。「君の爲に地を廣むるに務むる者」——広げることだけを助言し続ける側近が、何をもたらすかの実例です。前段の申叔時と、ちょうど裏表に置かれています。
この章句が説くこと
晉の六将軍中行文子最も弱くして上下心を離る伐ちて以て地を広む可し又た智伯に教えて地を韓・魏・趙に求めしむ韓・魏地を裂きて之に授く趙氏与えず三国陰かに謀り計を同じくし以て智氏を擊ち遂に之を滅す此れ君の為に地を広むるに務むる者なり側近
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『淮南子』人間訓智伯 地を魏の宣子に求む。宣子 之に與うるを欲せず。任登曰く「智伯の強きこと、威 天下に行わる。地を求めて與えざるは、是れ諸侯の爲に先ず禍を受くるなり。之に與うるに若かず」と。宣子曰く「地を求めて已まざれば、之を爲すこと奈何」と。任登曰く「之に與えて、喜ばしめば、必ず將に復た地を諸侯に求めんとす。諸侯 必ず耳を植てん。天下と心を同じくして之を圖らば、一心の得る所の者は、直だ吾が亡う所のみに非ざるなり」と。魏の宣子 地を裂きて之に授く。又た地を韓の康子に求む。韓の康子 敢えて予えずんばあらず。諸侯 皆な恐る。又た地を趙の襄子に求む。襄子 與えず。是に於いて智伯 乃ち韓・魏を從えて襄子を晉陽に圍む。三國 謀を通じ、智伯を禽えて其の國を三分す。此れ所謂 人を奪いて反って人の奪う所と爲る者なり。
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『淮南子』人間訓智伯 韓・魏二國を率いて趙を伐ち、晉陽を圍み、晉水を決して之に灌ぐ。城下 木に緣りて處り、釜を縣けて炊ぐ。襄子 張孟談に謂いて曰く「城中の力 已に盡き、糧食 匱乏し、大夫 病めり。之を爲すこと奈何」と。張孟談曰く「亡ぶるを存する能わず、危うきを安んずる能わずんば、智士を貴ぶこと無からん。臣 請う、試みに潛行して、韓・魏の君に見えて之に約せん」と。乃ち韓・魏の君に見え、之に說きて曰く「臣 之を聞く、脣 亡びて齒 寒しと。今 智伯 二君を率いて趙を伐つ。趙 將に亡びんとす。趙 亡べば、則ち君 之が次と爲らん。今に及びて之を圖らずんば、禍 將に二君に及ばんとす」と。二君曰く「智伯の人と爲りや、粗中にして親しむこと少なし。我 謀りて泄れなば、事 必ず敗れん。之を爲すこと奈何」と。張孟談曰く「言は君の口を出でて、臣の耳に入る。人 孰か之を知る者あらんや。且つ情を同じくすれば相い成し、利を同じくすれば相い死す。君 其れ之を圖れ」と。二君 乃ち張孟談と陰かに謀り、之と期す。張孟談 乃ち襄子に報ず。
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戦国策・知伯帥趙韓魏而伐范中行氏知伯、趙・韓・魏を帥いて范中行氏を伐ち、之を滅ぼす。休すること數年、人をして地を韓に請わしむ。韓康子與えんと欲せず、段䂓諫めて曰く、「不可なり。夫れ知伯の人と爲りや、利を好みて鷙復なり、來りて地を請いて與えずんば、必ず兵を韓に加えん。君其れ之に與えよ。之に與うれば彼狃れて、又將に地を他國に請わんとす、他國聽かずんば、必ず之に鄉うに兵を以てせん。然らば則ち韓は以て患難を免れて、事の變を待つ可し。」康子曰く、「善し。」使者をして萬家の邑一を知伯に致さしむ。知伯說び、又人をして地を魏に請わしむ。魏宣子與えんと欲せず。趙葭諫めて曰く、「彼地を韓に請い、韓之に與う。地を魏に請いて、魏與えずんば、則ち是れ魏內自ら強くして、外知伯を怒らすなり。然らば則ち其の兵を魏に錯くこと必せり。之に與うるに如かず。」宣子曰く、「諾。」因りて人をして萬家の邑一を知伯に致さしむ。知伯說び、又人をして趙に之かしめ、蔡・皋狼の地を請わしむ。趙襄子與えず。知伯因りて陰かに韓・魏を結び、將に以て趙を伐たんとす。趙襄子張孟談を召して之に告げて曰く、「夫れ知伯の人と爲り、陽には親しみて陰には疏んず、三たび韓・魏に使いして、寡人與からず、其の兵を移すこと寡人に必せん。今吾安くにか居りて可ならん。」張孟談曰く、「夫れ董閼安于は簡主の才臣なり、世々晉陽を治め、尹澤之に循う、其の餘の政教猶お存す、君其れ晉陽に居を定めよ。」君曰く、「諾。」乃ち延陵王をして車騎を將いて先に晉陽に之かしめ、君因りて之に從う。至りて、城郭を行り、府庫を案じ、倉廩を視、張孟談を召して曰く、「吾が城郭の完きこと、府庫の用に足ること、倉廩の實つること、矢無きは奈何せん。」張孟談曰く、「臣聞く、董子の晉陽を治むるや、公宮の垣、皆狄蒿苫楚を以て之を廧す、其の高さ丈餘に至る、君發して之を用いよ。」是に於て發して之を試むるに、其の堅きこと則ち箘簬の勁も過ぐる能わず。君曰く、「足れり、吾が銅少きこと若何せん。」張孟談曰く、「臣聞く、董子の晉陽を治むるや、公宮の室、皆鍊銅を以て柱質と爲す、請う發して之を用いば、則ち餘銅有らん。」君曰く、「善し。」號令以て定まり、備守以て具わる。三國の兵晉陽の城に乘り、遂に戰う。三月拔く能わず、因りて軍を舒べて之を圍み、晉水を決して之に灌ぐ。晉陽を圍むこと三年、城中巢居して處り、釜を懸けて炊ぎ、財食將に盡きんとし、士卒病み羸る。襄子張孟談に謂いて曰く、「糧食匱しく、城力盡き、士大夫病めり、吾守る能わず。城を以て下らんと欲す、何如。」張孟談曰く、「臣之を聞く、亡びて存する能わず、危うくして安んずる能わずんば、則ち知士を貴ぶ爲し無きなり。君此の計を釋てて、復言うこと勿かれ。臣請う韓・魏の君に見えん。」襄子曰く、「諾。」張孟談是に於て陰かに韓・魏の君に見えて曰く、「臣聞く、脣亡ぶれば則ち齒寒しと、今知伯二國の君を帥いて趙を伐つ、趙將に亡びんとす、亡ぶれば則ち二君之に次たらん。」二君曰く、「我其の然るを知る。夫れ知伯の人と爲り、麁中にして親しむこと少なし、我が謀未だ遂げずして知られなば、則ち其の禍必ず至らん、之を奈何せん。」張孟談曰く、「謀は二君の口より出でて、臣の耳に入る、人之を知る莫きなり。」二君即ち張孟談と陰かに三軍を約し、之と期して曰く、夜、遣りて晉陽に入らしめんと。張孟談以て襄子に報ず、襄子之に再拜す。張孟談因りて知伯に朝して出で、知過に轅門の外に遇う。知過入りて知伯に見えて曰く、「二主殆ど將に變有らんとす。」君曰く、「何如。」對えて曰く、「臣張孟談に轅門の外に遇う、其の志矜り、其の行高し。」知伯曰く、「然らず。吾二主と約すること謹めり、趙を破りて其の地を三分せば、寡人之を親しむ所なり、必ず欺かざらん。子之を釋てて、口より出だすこと勿かれ。」知過出でて二主に見え、入りて知伯に說きて曰く、「二主色動きて意變ず、必ず君に背かん、之を殺さしむるに如かず。」知伯曰く、「兵晉陽に箸くこと三年なり、旦暮に當に之を拔きて其の利を饗くべし、乃ち他心有らんや。不可なり、子愼みて復言うこと勿かれ。」知過曰く、「殺さずんば則ち遂に之に親しめ。」知伯曰く、「之に親しむこと奈何せん。」知過曰く、「魏宣子の謀臣を趙葭と曰い、康子の謀臣を段䂓と曰う、是れ皆能く其の君の計を移す。君其れ二君と約し、趙を破らば二子なる者を封ずるに各々萬家の縣一を以てせよ、是の如くんば則ち二主の心變ぜざる可くして、君其の欲する所を得ん。」知伯曰く、「趙を破りて其の地を三分し、又二子なる者を封ずるに各々萬家の縣一を以てせば、則ち吾が得る所少なし、不可なり。」知過君の用いざるを見るや、言いて聽かれず、出でて其の姓を更めて輔氏と爲し、遂に去りて見えず。張孟談之を聞き、入りて襄子に見えて曰く、「臣知過に轅門の外に遇う、其の視るに臣を疑うの心有り、入りて知伯に見え、出でて其の姓を更む。今暮撃たずんば、必ず之に後れん。」襄子曰く、「諾。」張孟談をして韓・魏の君に見えしめて曰く、「夜堤を守るの吏を殺すことを期し、水を決して知伯の軍に灌がん。」知伯の軍水を救いて亂れ、韓・魏翼にして之を撃ち、襄子將卒其の前を犯し、大いに知伯の軍を敗りて知伯を禽う。知伯身死し、國亡び地分たれ、天下の笑いと爲る、此れ貪欲厭くこと無ければなり。夫れ知過に聽かざる、亦亡ぶる所以なり。知氏盡く滅び、唯輔氏のみ存す。
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『淮南子』人間訓是の故に忠臣の君に事うるや、功を計りて賞を受け、苟くも得るを爲さず。力を積みて官を受け、爵祿を貪らず。其の能くする所の者は、之を受けて辭する勿かれ。其の能くせざる所の者は、之を與うるも喜ぶ勿かれ。能くする所を辭すれば則ち匿し、能くせざる所を欲すれば則ち惑う。能くせざる所を辭して能くする所を受くれば、則ち損墮の勢無きを得て、勝えざるの任無からん。昔者 智伯 驕り、范・中行を伐ちて之に克ち、又た韓・魏の君を劫かして其の地を割く。尚お以て未だ足らずと爲し、遂に兵を興して趙を伐つ。韓・魏 之に反し、軍 晉陽の下に敗れ、身 高梁の東に死し、頭は飲器と爲り、國は分かれて三と爲り、天下の笑いと爲る。此れ足るを知らざるの禍なり。老子曰く「足るを知れば辱められず、止まるを知れば殆うからず、以て久しきを修む可し」と。此れの謂いなり。或いは人を譽めて適々以て之を敗るに足り、或いは人を毀りて乃ち反って以て之を成す。何を以て其の然るを知るや。