淮南子 / 說山訓
明月之珠出於蛖蜄,周之簡圭生於垢石,大蔡神龜出於溝壑。萬乘之主,冠錙錘之冠,履百金之車。牛皮為賤,正三軍之眾。欲學歌謳者,必先徵羽樂風;欲美和者,必先始於陽阿、采菱;此皆學其所不學,而欲至其所欲學者。燿蟬者務在明其火,釣魚者務在芳其餌。明其火者,所以燿而致之也;芳其餌者,所以誘而利之也。欲致魚者先通水,欲致鳥者先樹木。水積而魚聚,木茂而鳥集。
新字:明月之珠出於蛖蜄,周之簡圭生於垢石,大蔡神亀出於溝壑。万乗之主,冠錙錘之冠,履百金之車。牛皮為賤,正三軍之衆。欲学歌謳者,必先徴羽楽風;欲美和者,必先始於陽阿、采菱;此皆学其所不学,而欲至其所欲学者。燿蝉者務在明其火,釣魚者務在芳其餌。明其火者,所以燿而致之也;芳其餌者,所以誘而利之也。欲致魚者先通水,欲致鳥者先樹木。水積而魚聚,木茂而鳥集。
書き下し
明月の珠は蛖蜄より出で、周の簡圭は垢石より生じ、大蔡の神龜は溝壑より出づ。萬乘の主も、錙錘の冠を冠り、百金の車を履む。牛皮は賤しと爲すも、三軍の眾を正す。歌謳を學ばんと欲する者は、必ず先ず徵羽樂風す。和を美にせんと欲する者は、必ず先ず陽阿・采菱に始まる。此れ皆な其の學ばざる所を學びて、其の學ばんと欲する所に至らんと欲する者なり。蟬を燿かす者は、務め其の火を明らかにするに在り。魚を釣る者は、務め其の餌を芳しくするに在り。其の火を明らかにする者は、燿かして之を致す所以なり。其の餌を芳しくする者は、誘いて之を利する所以なり。魚を致さんと欲する者は先ず水を通じ、鳥を致さんと欲する者は先ず木を樹う。水 積みて魚 聚まり、木 茂りて鳥 集まる。
現代語訳
明月の珠は貝から出て、周の簡圭は垢のついた石から生まれ、大蔡の神亀は溝や谷から出た。万乗の主も、わずかな値の冠をかぶり、百金の車を踏む。牛の皮は安物だが、三軍の兵を整える太鼓になる。歌を学ぼうとする者は、必ずまず音階と調子から入る。和声を美しくしようとする者は、必ずまず陽阿や采菱の曲から始める。これはみな、学びたいものそのものではないものを学んで、学びたいところへ至ろうとするのである。蝉を集める者は、火を明るくすることに努める。魚を釣る者は、餌を香らせることに努める。火を明るくするのは、輝かせて寄せるためである。餌を香らせるのは、誘って得させるためである。魚を集めたい者はまず水を通し、鳥を集めたい者はまず木を植える。水が溜まれば魚が集まり、木が茂れば鳥が集まる。
解説
この章句が説くこと
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