淮南子 / 兵略訓
故鼓不與於五音,而為五音主;水不與於五味,而為五味調;將軍不與于五官之事,而為五官督。故能調五音者,不與五音者也;能調五味者,不與五味者也;能治五官之事者,不可揆度者也。是故將軍之心,滔滔如春,曠曠如夏,湫漻如秋,典凝如冬,因形而與之化,隨時而與之移。夫景不為曲物直,響不為清音濁。觀彼之所以來,各以其勝應之。是故扶義而動,推理而行,掩節而斷割,因資而成功。
新字:故鼓不与於五音,而為五音主;水不与於五味,而為五味調;将軍不与于五官之事,而為五官督。故能調五音者,不与五音者也;能調五味者,不与五味者也;能治五官之事者,不可揆度者也。是故将軍之心,滔滔如春,曠曠如夏,湫漻如秋,典凝如冬,因形而与之化,随時而与之移。夫景不為曲物直,響不為清音濁。観彼之所以来,各以其勝応之。是故扶義而動,推理而行,掩節而断割,因資而成功。
書き下し
故に鼓は五音に與らずして、五音の主と爲る。水は五味に與らずして、五味の調と爲る。將軍は五官の事に與らずして、五官の督と爲る。故に能く五音を調うる者は、五音に與らざる者なり。能く五味を調うる者は、五味に與らざる者なり。能く五官の事を治むる者は、揆度す可からざる者なり。是の故に將軍の心は、滔滔として春の如く、曠曠として夏の如く、湫漻として秋の如く、典凝として冬の如し。形に因りて之と化し、時に隨いて之と移る。夫れ景は曲物の爲に直からず、響は清音の爲に濁らず。彼の來たる所以を觀て、各々其の勝を以て之に應ず。是の故に義に扶りて動き、理を推して行い、節を掩いて斷割し、資に因りて功を成す。
現代語訳
鼓は五音の一つではないのに、五音の主となる。水は五味の一つではないのに、五味を調える。将軍は五つの職の仕事に加わらないのに、五つの職を監督する。だから五音を調えられるのは、五音に加わっていない者である。五味を調えられるのは、五味に加わっていない者である。五つの職の仕事を治められるのは、はかりようのない者である。だから将軍の心は、滔々として春のようであり、広々として夏のようであり、澄んで秋のようであり、引き締まって冬のようである。かたちに応じてそれとともに変わり、時に従ってそれとともに移る。影は曲がった物のためにまっすぐにならず、響きは澄んだ音のために濁らない。相手が来る理由を見て、それぞれ勝てるもので応じる。だから義に拠って動き、理を推して行い、節目を押さえて裁断し、あるものに因って功を成す。
解説
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