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淮南子 / 兵略訓

是故為麋鹿者,則可以罝罘設也;為魚鱉者,則可以網罟取也;為鴻鵠者,則可以矰繳加也;唯無形者,無可奈也。是故聖人藏于無原,故其情不可得而觀;運于無形,故其陳不可得而經。無法無儀,來而為之宜;無名無狀,變而為之象。深哉睭々,遠哉悠悠,且冬且夏,且春且秋,上窮至高之末,下測至深之底,變化消息,無所凝滯,建心乎窈冥之野,而藏志乎九旋之淵,雖有明目,孰能窺其情!

新字:是故為麋鹿者,則可以罝罘設也;為魚鱉者,則可以網罟取也;為鴻鵠者,則可以矰繳加也;唯無形者,無可奈也。是故聖人蔵于無原,故其情不可得而観;運于無形,故其陳不可得而経。無法無儀,来而為之宜;無名無状,変而為之象。深哉睭々,遠哉悠悠,且冬且夏,且春且秋,上窮至高之末,下測至深之底,変化消息,無所凝滞,建心乎窈冥之野,而蔵志乎九旋之淵,雖有明目,孰能窺其情!

書き下し

是の故に麋鹿と爲れば、則ち罝罘を以て設く可し。魚鱉と爲れば、則ち網罟を以て取る可し。鴻鵠と爲れば、則ち矰繳を以て加う可し。唯だ無形なる者のみ、奈ともす可き無し。是の故に聖人は無原に藏る、故に其の情 得て觀る可からず。無形に運らす、故に其の陳 得て經る可からず。法無く儀無く、來たりて之が宜を爲す。名無く狀無く、變じて之が象を爲す。深きかな睭々、遠きかな悠悠。且つ冬にして且つ夏、且つ春にして且つ秋。上は至高の末を窮め、下は至深の底を測る。變化消息して、凝滯する所無し。心を窈冥の野に建て、志を九旋の淵に藏す。明目有りと雖も、孰か能く其の情を窺わん。

現代語訳

だから鹿になれば、網を張って捕らえられる。魚やすっぽんになれば、網で取られる。白鳥になれば、糸をつけた矢を放たれる。ただかたちのないものだけが、どうしようもない。だから聖人は源のないところに隠れる、だからその実情は見て取れない。かたちのないところで動かす、だからその陣立てはたどれない。法もなく型もなく、来たものに合わせて適したかたちを作る。名もなくありさまもなく、変化して象をなす。深いことは奥深く、遠いことは果てしない。冬でもあり夏でもあり、春でもあり秋でもある。上は至って高いところの果てを窮め、下は至って深いところの底を測る。移り変わって消え生じ、固まって止まるところがない。心を暗く奥深い野に置き、志を九重に巡る淵に蔵す。目のよい者がいても、誰がその実情をのぞけよう。

解説

捕らえられ方が三つ並びます。鹿になれば網、魚になれば網、白鳥になれば矢。何になるかを決めた時点で、対応する罠が決まる。「唯だ無形なる者のみ、奈ともす可き無し」。分類されないものだけが手を出されない、という理屈です。だから聖人は法も型も持たず、「來たりて之が宜を爲す」。来たものに合わせてそのつどかたちを作ります。

この章句が説くこと

麋鹿と為れば則ち罝罘を以て設く可し鴻鵠と為れば則ち矰繳を以て加う可し唯だ無形なる者のみ奈ともす可き無し聖人は無原に蔵る故に其の情得て観る可からず法無く儀無く来たりて之が宜を為す名無く状無く変じて之が象を為す無形

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