淮南子 / 兵略訓
此湯、武之所以致王,而齊桓之所以成霸也。故君為無道,民之思兵也,若旱而望雨,渴而求飲。夫有誰與交兵接刃乎!故義兵之至也,至於不戰而止。
新字:此湯、武之所以致王,而斉桓之所以成覇也。故君為無道,民之思兵也,若旱而望雨,渴而求飲。夫有誰与交兵接刃乎!故義兵之至也,至於不戦而止。
書き下し
此れ湯・武の王を致す所以にして、齊桓の霸を成す所以なり。故に君 無道を爲せば、民の兵を思うや、旱にして雨を望み、渴して飲を求むるが若し。夫れ誰と兵を交え刃を接せんや。故に義兵の至るや、戰わずして止むに至る。
現代語訳
これが湯と武が王となった理由であり、斉の桓公が覇を成した理由である。だから君が無道であれば、民が兵を待ち望むのは、旱に雨を望み、渇いて飲み物を求めるようである。そうなれば、誰と刃を交えることがあろう。だから義の兵が至れば、戦わずに終わるところまで行く。
解説
短い一節ですが、前段の締めとして効いています。民が待っている状態を作れば、そもそも戦う相手がいなくなる。「夫れ誰と兵を交え刃を接せんや」。戦わずに済むのは強いからではなく、迎える側がすでにこちらを向いているから。「義兵の至るや、戰わずして止むに至る」という一句が、この篇の理想の形です。
この章句が説くこと
此れ湯・武の王を致す所以にして斉桓の覇を成す所以なり君無道を為せば民の兵を思うや旱にして雨を望むが若し渴して飲を求むるが若し夫れ誰と兵を交え刃を接せんや義兵の至るや戦わずして止むに至る義戦
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