淮南子 / 詮言訓
《詩》之失僻,樂之失刺,禮之失責。徵音非無羽聲也,羽音非無徵聲也,五音莫不有聲,而以徵羽定名者,以勝者也。故仁義智勇,聖人之所備有也,然而皆立一名者,言其大者也。陽氣起于東北,盡於西南,;陰氣起於西南,盡于東北。陰陽之始,皆調適相似,日長其類,以侵相遠,或熱焦沙,或寒凝水,故聖人謹慎其所積。水出於山,而入於海;稼生於野,而藏於廩。見所始則知終矣。席之先雚蕈,樽之上玄酒,俎之先生魚,豆之先泰羹,此皆不快於耳目,不適於口腹,而先王貴之,先本而後末。
新字:《詩》之失僻,楽之失刺,礼之失責。徴音非無羽声也,羽音非無徴声也,五音莫不有声,而以徴羽定名者,以勝者也。故仁義智勇,聖人之所備有也,然而皆立一名者,言其大者也。陽気起于東北,尽於西南,;陰気起於西南,尽于東北。陰陽之始,皆調適相似,日長其類,以侵相遠,或熱焦沙,或寒凝水,故聖人謹慎其所積。水出於山,而入於海;稼生於野,而蔵於廩。見所始則知終矣。席之先雚蕈,樽之上玄酒,俎之先生魚,豆之先泰羹,此皆不快於耳目,不適於口腹,而先王貴之,先本而後末。
書き下し
『詩』の失は僻、樂の失は刺、禮の失は責なり。徵音に羽聲無きに非ざるなり。羽音に徵聲無きに非ざるなり。五音 聲有らざる莫くして、徵羽を以て名を定むる者は、勝つ者を以てなり。故に仁義智勇は、聖人の備え有る所なり。然れども皆な一名を立つる者は、其の大なる者を言えばなり。陽氣は東北に起こり、西南に盡く。陰氣は西南に起こり、東北に盡く。陰陽の始めは、皆な調適して相い似たり。日々に其の類を長じて、以て侵して相い遠ざかる。或いは熱くして沙を焦がし、或いは寒くして水を凝らす。故に聖人は其の積む所を謹慎す。水は山より出でて、海に入る。稼は野に生じて、廩に藏す。始むる所を見れば則ち終わりを知る。席は雚蕈を先にし、樽は玄酒を上とし、俎は生魚を先にし、豆は泰羹を先にす。此れ皆な耳目に快からず、口腹に適わざるも、先王 之を貴ぶは、本を先にして末を後にすればなり。
現代語訳
『詩』の行き過ぎは偏りとなり、楽の行き過ぎはそしりとなり、礼の行き過ぎは責めとなる。徴の音に羽の響きがないのではない。羽の音に徴の響きがないのでもない。五つの音のどれにも響きがあるのに、徴や羽と名づけるのは、勝っているほうで呼ぶからである。だから仁も義も智も勇も、聖人には備わっている。それでも一つの名で呼ばれるのは、その大きいほうを言うからである。陽の気は東北に起こり西南で尽き、陰の気は西南に起こり東北で尽きる。陰陽の始まりは、どちらも調って似ている。日ごとにその類を伸ばして、侵し合って離れていく。やがて一方は熱くて砂を焦がし、一方は寒くて水を凍らせる。だから聖人は、何を積み重ねるかを慎む。水は山から出て海に入り、作物は野に生えて倉に納まる。始まりを見れば終わりが分かる。席では蒲や茸を先に敷き、樽では水を上に置き、俎では生魚を先にし、器では味つけしない羹を先にする。どれも耳目に心地よくなく口にも合わないのに、先王がこれを貴んだのは、本を先にして末を後にするからである。
解説
この章句が説くこと
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