淮南子 / 氾論訓
禹之時,以五音聽治,懸鐘鼓磬鐸,置鞀,以待四方之士,為號曰:「教寡人以道者擊鼓,諭寡人以義者擊鐘,告寡人以事者振鐸,語寡人以憂者擊磬,有獄訟者搖鞀。」當此之時,一饋而十起,一沐而三捉髮,以勞天下之民,此而不能達善效忠者,則才不足也。
新字:禹之時,以五音聴治,懸鐘鼓磬鐸,置鞀,以待四方之士,為号曰:「教寡人以道者撃鼓,諭寡人以義者撃鐘,告寡人以事者振鐸,語寡人以憂者撃磬,有獄訟者揺鞀。」当此之時,一饋而十起,一沐而三捉髪,以労天下之民,此而不能達善効忠者,則才不足也。
書き下し
禹の時、五音を以て治を聽く。鐘鼓磬鐸を懸け、鞀を置き、以て四方の士を待つ。號を爲して曰く、「寡人に教うるに道を以てする者は鼓を擊て。寡人に諭すに義を以てする者は鐘を擊て。寡人に告ぐるに事を以てする者は鐸を振れ。寡人に語るに憂を以てする者は磬を擊て。獄訟有る者は鞀を搖せ」と。此の時に當たりて、一饋にして十たび起ち、一沐にして三たび髮を捉り、以て天下の民を勞う。此くして善を達し忠を效す能わざる者は、則ち才 足らざるなり。
現代語訳
禹の時代は、五つの音で政を聴いた。鐘と鼓と磬と鐸を掛け、振り鼓を置いて、四方の士を待った。触れを出して言った、「私に道を教えようという者は鼓を打て。私に義を諭そうという者は鐘を打て。私に事を告げようという者は鐸を振れ。私に憂いを語ろうという者は磬を打て。訴訟のある者は振り鼓を揺らせ」。このとき、一度の食事に十度立ち上がり、一度の洗髪に三度髪を握って中断し、それで天下の民をねぎらった。これでも善を伝え忠を尽くせない者がいるとすれば、それはその者の才が足りないのである。
解説
用向きごとに鳴らす物を分ける、という受け付けの設計です。道なら鼓、義なら鐘、事なら鐸、憂いなら磬、訴訟なら振り鼓。何を持ってきたかが、鳴った音で先に分かる。しかも食事中に十度、洗髪中に三度中断して応じた。ここまでして届かないなら本人の才の問題だ、という言い方は、裏を返せば、そこまでしていない側が人の才を云々するな、ということでもあります。
この章句が説くこと
禹の時五音を以て治を聴く鐘鼓磬鐸を懸け鞀を置く寡人に教うるに道を以てする者は鼓を撃て寡人に教うるに道を以てする者は鼓を擊て寡人に告ぐるに事を以てする者は鐸を振れ獄訟有る者は鞀を揺せ一饋にして十たび起ち一沐にして三たび髪を捉る此くして善を達し忠を効す能わざる者は則ち才足らざるなり
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