淮南子 / 道應訓
尹需學禦,三年而無得焉。私自苦痛,常寢想之。中夜,夢受秋駕於師。明日往朝,師望之,謂之曰:「吾非愛道於子也,恐子不可予也。今日教子以秋駕。」尹需反走,北面再拜曰:「臣有天幸,今夕固夢受之。」故老子曰:「致虚極,守靜篤,萬物並作,吾以觀其復也。」
新字:尹需学禦,三年而無得焉。私自苦痛,常寝想之。中夜,夢受秋駕於師。明日往朝,師望之,謂之曰:「吾非愛道於子也,恐子不可予也。今日教子以秋駕。」尹需反走,北面再拝曰:「臣有天幸,今夕固夢受之。」故老子曰:「致虚極,守静篤,万物並作,吾以観其復也。」
書き下し
尹需 禦を學ぶこと三年にして、得る所無し。私かに自ら苦痛し、常に寢ねて之を想う。中夜、夢に秋駕を師に受く。明日 往きて朝すれば、師 之を望みて、之に謂いて曰く、「吾 道を子に愛しむに非ざるなり。子に予う可からざるを恐れしなり。今日 子に教うるに秋駕を以てせん」と。尹需 反り走り、北面再拜して曰く、「臣に天幸有り。今夕 固より夢に之を受けたり」と。故に老子曰く、「虚を致すこと極まり、靜を守ること篤ければ、萬物 並び作る。吾 以て其の復るを觀るなり」と。
現代語訳
尹需が御術を学んで三年、得るところがなかった。ひそかに自分を責め苦しみ、寝てもそのことばかり思っていた。真夜中、夢の中で秋駕という技を師から授かった。翌日出向いて挨拶すると、師は彼を遠くから見て言った、「私はおまえに道を惜しんでいたのではない。おまえに渡せないのを恐れていたのだ。今日、おまえに秋駕を教えよう」。尹需は後ずさりして走り、北を向いて二度拝んで言った、「私には天の幸いがあります。昨夜すでに夢の中でそれを授かりました」。だから老子は言った、「虚しさを極め、静けさを篤く守れば、万物がともに動き出す。私はそれによって、それらが帰っていくところを見る」。
解説
三年成果が出ず、寝ても覚めてもそのことばかり考えていた。ある夜、夢で技を授かる。そして翌朝、師のほうから「今日それを教えよう」と言われる。順序が逆なのが面白いところで、教わったから身についたのではなく、身につく手前まで来ていたから夢に出て、師の目にもそれが見えた、という話です。師の言葉も丁寧で、「渡せないのを恐れていた」。
この章句が説くこと
尹需禦を学ぶこと三年にして得る所無し私かに自ら苦痛し常に寝ねて之を想う中夜夢に秋駕を師に受く吾道を子に愛しむに非ざるなり子に予う可からざるを恐れしなり虚を致すこと極まり静を守ること篤ければ万物並び作る修行
関連する章句
-
『淮南子』道應訓大司馬の鉤を捶つ者、年 八十なるも、鉤の芒を失わず。大司馬曰く、「子は巧なるか、道有るか」と。曰く、「臣に守有るなり。臣 年二十にして鉤を捶つを好み、物に於いて視る無きなり。鉤に非ざれば察する無きなり」と。是を以て之を用うる者は、必ず弗用に假りて、以て長く其の用を得。而るに況んや持して用いざる者をや。物 孰れか濟らざらんや。故に老子曰く、「道に從事する者は、道に同じ」と。
-
『淮南子』道應訓齧缺 道を被衣に問う。被衣曰く、「女の形を正し、女の視を壹にせば、天和 將に至らんとす。女の知を攝め、女の度を正せば、神 將に來たり舍らんとす。德 將に來たり附かんとして若く美に、而して道 將に女の居と爲らんとす。憃乎として新たに生まるるの犢の若く、而して其の故を求むる無かれ」と。言 未だ卒わらざるに、齧缺 繼ぐに仇夷を以てす。被衣 行歌して去りて曰く、「形は槁骸の若く、心は死灰の如し。直だ實に知らず、故を以て自ら持す。墨墨恢恢として、心の與に謀る可き無し。彼れ何人ぞや」と。故に老子曰く、「明白四達、能く無知なるか」と。
-
『淮南子』道應訓薄疑 衞の嗣君に説くに王術を以てす。嗣君 之に應えて曰く、「予の有する所の者は、千乘なり。願わくは以て教を受けん」と。薄疑 對えて曰く、「烏獲は千鈞を舉ぐ。又た況んや一斤をや」と。杜赫 天下を安んずるを以て周の昭文君に説く。文君 杜赫に謂いて曰く、「願わくは周を安んずる所以を學ばん」と。赫 對えて曰く、「臣の言う所 不可ならば、則ち周を安んずる能わず。臣の言う所 可ならば、則ち周 自ら安んぜん」と。此れ所謂 安んぜずして安んずる者なり。故に老子曰く、「大制は割く無し、故に數輿を致せば輿無きなり」と。
-
『淮南子』道應訓顏回 仲尼に謂いて曰く、「回 益せり」と。仲尼曰く、「何の謂いぞや」と。曰く、「回 禮樂を忘れたり」と。仲尼曰く、「可なり。猶お未だしなり」と。異日 復た見えて曰く、「回 益せり」と。仲尼曰く、「何の謂いぞや」と。曰く、「回 仁義を忘れたり」と。仲尼曰く、「可なり。猶お未だしなり」と。異日 復た見えて曰く、「回 坐忘せり」と。仲尼 遽然として曰く、「何をか坐忘と謂う」と。顏回曰く、「支體を墮ち、聰明を黜け、形を離れ知を去りて、化通に洞す。是を坐忘と謂う」と。仲尼曰く、「洞なれば則ち善無く、化すれば則ち常無し。而して夫子 賢なり。丘 請う之に從いて後れん」と。故に老子曰く、「營魄を載せて一を抱き、能く離るる無からんか。氣を專らにし柔を至して、能く嬰兒の如くならんか」と。
-
『淮南子』原道訓夫れ太上の道は、萬物を生じて有せず、化像を成して宰らず。跂行喙息、蠉飛蝡動、待ちて後に生ずるも、之が德を知るもの莫く、待ちて後に死するも、之を怨む能うもの莫し。得て利する者も譽むる能わず、用いて敗るる者も非る能わず。收聚畜積するも富を加えず、佈施稟授するも貧を益さず。旋縣して究む可からず、纖微にして勤む可からず。之を累ねて高からず、之を墮して下らず、之を益して眾からず、之を損じて寡からず、之を斲りて薄からず、之を殺ぎて殘なわれず、之を鑿ちて深からず、之を填めて淺からず。忽たり怳たり、象を為す可からず。怳たり忽たり、用いて屈きず。幽たり冥たり、無形に應ず。遂たり洞たり、虛しく動かず。剛柔と卷舒し、陰陽と俛仰す。昔者馮夷・大丙の御するや、雲車に乘り、雲蜺に入り、微霧に游び、怳忽に騖せ、遠きを歷て高きを彌して以て往を極め、霜雪を經て跡無く、日光を照らして景無く、扶搖抮抱羊角して上り、山川を經紀し、昆侖を蹈騰し、閶闔を排し、天門に淪む。末世の御は、輕車良馬、勁策利鍛有りと雖も、之と先を爭う能わず。是の故に大丈夫は恬然として思う無く、澹然として慮る無し。天を以て蓋と為し、地を以て輿と為し、四時を馬と為し、陰陽を御と為す。雲に乘り霄を陵ぎ、造化者と俱にす。志を縱にし節を舒べ、以て大區を馳す。歩む可くして歩み、驟る可くして驟る。雨師をして道に灑がしめ、風伯をして塵を埽わしむ。電以て鞭策と為し、雷以て車輪と為す。上は霄雿の野に游び、下は無垠の門に出づ。劉覽偏照して、復た守るに全を以てす。四隅を經營し、還りて樞に反る。故に天を以て蓋と為せば、則ち覆わざる無きなり。地を以て輿と為せば、則ち載せざる無きなり。四時を馬と為せば、則ち使わざる無きなり。陰陽を御と為せば、則ち備わらざる無きなり。是の故に疾くして搖がず、遠くして勞せず、四支動かず、聰明損せずして、八紘九野の形埒を知る者は、何ぞや。道要の柄を執りて、無窮の地に游べばなり。是の故に天下の事は、為す可からざるなり、其の自然に因りて之を推す。萬物の變は、究む可からざるなり、其の要歸の趣を秉る。
-
『淮南子』詮言訓無爲なる者は、道の體なり。後を執る者は、道の容なり。無爲もて有爲を制するは、術なり。後を執りて先を制するは、數なり。術に放えば則ち強く、數に審らかなれば則ち寧し。今 人に卞氏の璧を與うるに、未だ受けざる者は、先なればなり。求めて之を致さば、怨むと雖も逆らわざる者は、後なればなり。三人 舍を同じくし、二人 相い爭う。爭う者は各々自ら以て直と爲し、相い聽く能わず。一人 愚なりと雖も、必ず旁より之を決す。智を以てするに非ず、爭わざればなり。兩人 相い鬥うに、一羸 側に在り。一人を助くれば則ち勝ち、一人を救えば則ち免る。鬥う者 強しと雖も、必ず一羸に制せらる。勇を以てするに非ず、鬥わざるを以てなり。