淮南子 / 齊俗訓
游者不能拯溺,手足有所急也;灼者不能救火,身體有所痛也。夫民有餘即讓,不足則爭。讓則禮義生,爭則暴亂起。扣門求水,莫弗與者,所饒足也;林中不賣薪,湖上不鬻魚,所有餘也。故物豐則欲省,求澹則爭止。秦王之時,或人葅子,利不足也;劉氏持政,獨夫收孤,財有餘也。故世治則小人守政,而利不能誘也;世亂則君子為姦,而法弗能禁也。
新字:游者不能拯溺,手足有所急也;灼者不能救火,身体有所痛也。夫民有余即譲,不足則争。譲則礼義生,争則暴乱起。扣門求水,莫弗与者,所饒足也;林中不売薪,湖上不鬻魚,所有余也。故物豊則欲省,求澹則争止。秦王之時,或人葅子,利不足也;劉氏持政,独夫収孤,財有余也。故世治則小人守政,而利不能誘也;世乱則君子為姦,而法弗能禁也。
書き下し
游ぐ者は溺るるを拯う能わず、手足に急なる所有ればなり。灼くる者は火を救う能わず、身體に痛む所有ればなり。夫れ民 餘り有れば即ち讓り、足らざれば則ち爭う。讓れば則ち禮義 生じ、爭えば則ち暴亂 起こる。門を扣きて水を求むるに、與えざる者莫きは、饒足する所なればなり。林中に薪を賣らず、湖上に魚を鬻がざるは、餘り有る所なればなり。故に物 豐かなれば則ち欲 省け、求め 澹らば則ち爭い 止む。秦王の時、或るひと子を葅にす。利 足らざればなり。劉氏 政を持し、獨夫 孤を收む。財 餘り有ればなり。故に世 治まれば則ち小人も政を守りて、利も誘う能わず。世 亂るれば則ち君子も姦を為して、法も禁ずる能わず。
現代語訳
泳いでいる者は溺れる者を助けられない。自分の手足が精一杯だからである。焼かれている者は火を消せない。自分の体が痛んでいるからである。民は余りがあれば譲り、足りなければ争う。譲れば礼義が生まれ、争えば暴力と乱れが起こる。門を叩いて水を求めれば、与えない者がいないのは、有り余っているからである。林の中で薪を売らず、湖の上で魚を売らないのは、余っているからである。だから物が豊かなら欲は減り、求めが満たされれば争いは止む。秦王の時代、我が子を漬物にした者がいた。利が足りなかったからである。劉氏が政を執ると、独り身の男が孤児を引き取った。財に余りがあったからである。だから世が治まれば小人でも政を守り、利にも誘われない。世が乱れれば君子でも悪事を働き、法でも禁じられない。
解説
この章句が説くこと
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説苑・奉使晏子將に荊に使いせんとす。荊王之を聞き、左右に謂いて曰く、「晏子は賢人なり。今方に來らんとす。之を辱めんと欲す、何を以てせん。」左右對えて曰く、「其の來るに爲り、臣請う一人を縛りて王を過りて行かしめん。」是に於て荊王晏子と立ちて語る。一人を縛る有り、王を過りて行く。王曰く、「何を爲す者ぞ。」對えて曰く、「齊人なり。」王曰く、「何の坐ぞ。」曰く、「盜に坐す。」王曰く、「齊人固より盜するか。」晏子反顧して之に曰く、「江南に橘有り、齊王人をして之を取りて江北に樹えしむるに、生じて橘と爲らず、乃ち枳と爲る。然る所以は何ぞ。其の土地之をして然らしむるなり。今齊人齊に居りて盜せず、荊に來りて盜す、土地之をして然らしむる無きを得んか。」荊王曰く、「吾子を傷つけんと欲して反りて自ら中れり。」
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論語・衛霊公篇子貢、仁を為すを問う。子曰く、「工、其の事を善くせんと欲すれば、必ず先ず其の器を利くす。是の邦に居るや、其の大夫の賢者に事え、其の士の仁者を友とす。」
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孫子・始計篇天とは、陰陽・寒暑・時制なり。
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「君子の陳蔡の閒に戹するは、上下の交わり無ければなり。」
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孟子・滕文公章句下孟子、戴不勝に謂いて曰く、「子は子の王の善ならんことを欲するか。我明らかに子に告げん。此に楚の大夫有らんに、其の子の齊語せんことを欲すれば、則ち齊人をして諸に傅たらしめんか。楚人をして諸に傅たらしめんか。」曰く、「齊人をして之に傅たらしめん。」曰く、「一齊人之に傅たるも、衆楚人之を咻せば、雖日に撻(むちうつ)ちて其の齊たらんことを求むと雖も、得可からず。引いて之を莊嶽の間に置くこと數年ならば、日に撻ちて其の楚たらんことを求むと雖も、亦た得可からず。子、薛居州を善士と謂い、之をして王の所に居らしむ。王の所に在る者、長幼卑尊、皆薛居州ならば、王は誰と與にか不善を為さん。王の所に在る者、長幼卑尊、皆薛居州に非ざれば、王は誰と與にか善を為さん。一薛居州、獨り宋王を如何せん。」 <語釈> ○「咻」、音はキュウ、義はかまびすしくすること。○「莊嶽」、顧炎武云う、莊は是れ街の名、嶽は是れ里の名。
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孫子・火攻篇火発するに上風にして、下風を攻むること無かれ。昼は風久しく、夜は風止む。