淮南子 / 齊俗訓
由此觀之,廉有所在,而不可公行也。故行齊於俗,可隨也;事周於能,易為也。矜偽以惑世,伉行以違眾,聖人不以為民俗。廣廈闊屋,連闥通房,人之所安也,鳥入之而憂。高山險阻,深林叢薄,虎豹之所樂也,人入之而畏。川谷通原,積水重泉,黿鼉之所便也,人入之而死。咸池、承雲,九韶、六英,人之所樂也,鳥獸聞之而驚。深谿峭岸,峻木尋枝,猿狖之所樂也,人上之而慄。形殊性詭,所以為樂者乃所以為哀,所以為安者乃所以為危也。
新字:由此観之,廉有所在,而不可公行也。故行斉於俗,可随也;事周於能,易為也。矜偽以惑世,伉行以違衆,聖人不以為民俗。広廈闊屋,連闥通房,人之所安也,鳥入之而憂。高山険阻,深林叢薄,虎豹之所楽也,人入之而畏。川谷通原,積水重泉,黿鼉之所便也,人入之而死。咸池、承雲,九韶、六英,人之所楽也,鳥獣聞之而驚。深谿峭岸,峻木尋枝,猿狖之所楽也,人上之而慄。形殊性詭,所以為楽者乃所以為哀,所以為安者乃所以為危也。
書き下し
此に由りて之を觀れば、廉に在る所有りて、公行す可からざるなり。故に行い 俗に齊しければ、隨う可し。事 能に周ければ、為し易し。偽を矜りて以て世を惑わし、行を伉げて以て眾に違うは、聖人 以て民俗と為さず。廣廈闊屋、連闥通房は、人の安んずる所なるも、鳥 之に入りて憂う。高山險阻、深林叢薄は、虎豹の樂しむ所なるも、人 之に入りて畏る。川谷通原、積水重泉は、黿鼉の便とする所なるも、人 之に入りて死す。咸池・承雲、九韶・六英は、人の樂しむ所なるも、鳥獸 之を聞きて驚く。深谿峭岸、峻木尋枝は、猿狖の樂しむ所なるも、人 之に上りて慄る。形 殊なり性 詭なれば、樂と為す所以は乃ち哀と為す所以にして、安と為す所以は乃ち危と為す所以なり。
現代語訳
これによって見れば、清廉にはそれがふさわしい場所があり、どこでも公に行えるものではない。だから行いが世の習いと揃っていれば、人はついていける。仕事がその人の能力に釣り合っていれば、行いやすい。偽りを誇って世を惑わし、行いを高く掲げて多数に逆らうことを、聖人は民の習いとしない。広い建物と大きな部屋、続きの扉と通じた房は、人には安らかだが、鳥が入れば憂える。高い山と険しい地、深い林と茂った藪は、虎や豹には楽しいが、人が入れば恐ろしい。川と谷と通じた原、深く重なった水は、黿や鼉には都合がよいが、人が入れば死ぬ。咸池や承雲、九韶や六英の楽は、人には楽しいが、鳥獣は聞いて驚く。深い谷と切り立った岸、高い木と長い枝は、猿には楽しいが、人が登れば震える。かたちが違い性が逆であれば、楽しみのもとがそのまま哀しみのもとであり、安らぎのもとがそのまま危うさのもとである。
解説
この章句が説くこと
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