淮南子 / 主術訓
甯戚商歌車下,桓公喟然而寤。至精入人深矣。故曰:樂聽其音,則知其俗;見其俗,則知其化。孔子學鼓琴于師襄,而諭文王之志,見微以知明矣。延陵季子聽魯樂,而知殷、夏之風,論近以識遠也。作之上古,施及千歲,而文不滅;況於並世化民乎!湯之時,七年旱,以身禱于桑林之際,而四海之雲湊,千里之雨至。抱質效誠,感動天地,神諭方外。令行禁止,豈足為哉!古聖王至精形於內,而好憎忘於外,出言以副情,發號以明旨,陳之以禮樂,風之以歌謠,業貫萬世而不壅,橫扃四方而不窮,禽獸昆蟲與之陶化,又況于執法施令乎!
新字:甯戚商歌車下,桓公喟然而寤。至精入人深矣。故曰:楽聴其音,則知其俗;見其俗,則知其化。孔子学鼓琴于師襄,而諭文王之志,見微以知明矣。延陵季子聴魯楽,而知殷、夏之風,論近以識遠也。作之上古,施及千歳,而文不滅;況於並世化民乎!湯之時,七年旱,以身禱于桑林之際,而四海之雲湊,千里之雨至。抱質効誠,感動天地,神諭方外。令行禁止,豈足為哉!古聖王至精形於内,而好憎忘於外,出言以副情,発号以明旨,陳之以礼楽,風之以歌謡,業貫万世而不壅,横扃四方而不窮,禽獣昆虫与之陶化,又況于執法施令乎!
書き下し
甯戚 車下に商歌して、桓公 喟然として寤む。至精の人に入ること深し。故に曰く、其の音を樂聽すれば、則ち其の俗を知る。其の俗を見れば、則ち其の化を知る、と。孔子 琴を鼓するを師襄に學びて、文王の志を諭る。微を見て以て明を知るなり。延陵季子 魯の樂を聽きて、殷・夏の風を知る。近きを論じて以て遠きを識るなり。之を上古に作して、施きて千歲に及びて、文 滅せず。況んや並世に民を化するに於いてをや。湯の時、七年 旱す。身を以て桑林の際に禱りて、四海の雲 湊まり、千里の雨 至る。質を抱き誠を效し、天地を感動し、神 方外に諭る。令 行われ禁 止むは、豈に為すに足らんや。古の聖王 至精 內に形れて、好憎 外に忘れ、言を出だして以て情に副い、號を發して以て旨を明らかにし、之を陳ぶるに禮樂を以てし、之を風するに歌謠を以てす。業は萬世を貫きて壅がらず、橫に四方を扃して窮まらず、禽獸昆蟲も之と陶化す。又た況んや法を執り令を施すに於いてをや。
現代語訳
寧戚が車の下で商の調べを歌い、斉の桓公ははっとして目を覚ました。至って精なるものが人に入るのは深い。だから言う、その音楽を聴けばその風俗が分かり、その風俗を見ればその感化が分かる、と。孔子は琴を師襄に学んで、文王の志を悟った。微かなものを見て明らかなことを知ったのである。延陵の季子は魯の楽を聴いて、殷と夏の気風を知った。近いところを論じて遠いところを知ったのである。上古に作られたものが、千年を経てもその文が滅びない。まして同じ世に民を感化するならなおさらである。湯の時代、七年の旱があった。自ら桑林のほとりで祈ると、四海の雲が集まり、千里の雨が至った。素質を抱き誠を尽くせば、天地を動かし、神は外の世界にまで告げる。令が行われ禁が守られるくらいのことは、事さらに行うほどのことか。いにしえの聖王は、至って精なるものが内にかたちをとり、好き嫌いは外で忘れられ、言葉を出せば内心に副い、号令を出せば趣旨が明らかで、礼楽をもって示し、歌によって風を吹き込んだ。その事業は万世を貫いてふさがらず、四方に広がって窮まらず、鳥獣や虫までがそれとともに変わった。まして法を執り令を施すことなど、なおさらである。
解説
この章句が説くこと
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論語・八佾篇子、魯の太師に楽を語りて曰く、『楽は其れ知る可し。始め作せば翕(きゅう)の如く、之れに従えば純の如く、繹(えき)の如くして以て成る。』
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論語・泰伯篇子曰く、師摯の始め、関雎の乱、洋洋乎として耳に盈つるかな。
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論語・子罕篇子曰く、吾衛より魯に反り、然る後に楽正しく、雅頌各々其の所を得たり。
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孔子家語・辯樂解子路琴を鼓す。孔子之を聞き、冉有に謂いて曰く、「甚だしいかな、由の不才なるや。夫れ先王の音を制するや、中聲を奏して以て節と為し、流れて南に入り、北に歸らず。夫れ南は、生育の鄉なり。北は、殺伐の城なり。故に君子の音は溫柔にして中に居り、以て生育の氣を養う。憂愁の感、心に加わらざるなり。暴厲の動、體に在らざるなり。夫れ然る者は、乃ち所謂治安の風なり。小人の音は、則ち然らず。亢麗微末にして、以て殺伐の氣に象る。中和の感、心に載せず。溫和の動、體に存せず。夫れ然る者は、乃ち亂を為す所以の風なり。昔者舜五弦の琴を彈じ、南風の詩を造る。其の詩に曰く、『南風の熏なるや、以て吾が民の慍を解くべし。南風の時なるや、以て吾が民の財を阜すべし。』唯此の化を修む、故に其の興るや、勃焉たり。德泉の流るるがごとく、今に至るまで王公大人述べて忘れず。殷の紂は北鄙の聲を為すを好み、其の廢するや、忽焉たり。今に至るまで王公大人舉げて以て誡と為す。夫れ舜は布衣より起こり、德を積み和を含みて終に帝と以る。紂は天子と為り、荒淫暴亂にして終に以て亡ぶ。各々修むる所の致す所に非ずや。由、今匹夫の徒にして、曾て先王の制に意無くして、亡國の聲を習う。豈能く其の六七尺の體を保たんや。」冉有以て子路に告ぐ。子路懼れて自ら悔い、靜思して食わず、以て骨立するに至る。夫子曰く、「過ちて能く改む、其れ進めるか。」
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呂氏春秋・季春⑦是の月の末、吉日を擇びて、大いに合樂す。天子は乃ち三公・九卿・諸侯・大夫を率い、親ら往きて之を視る。
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論語・述而篇子、人と歌いて善ければ、必ず之を反さしめて、而る後に之に和す。