淮南子 / 墜形訓
八殥之外,而有八紘,亦方千里,自東北方曰和丘,曰荒土;東方曰棘林,曰桑野;東南方曰大窮,曰眾女;南方曰都廣,曰反戶;西南方曰焦僥,曰炎土;西方曰金丘,曰沃野;西北方曰一目,曰沙所;北方曰積冰,曰委羽。凡八紘之氣,是出寒暑,以合八正,必以風雨。八紘之外,乃有八極,自東北方曰方土之山,曰蒼門;東方曰東極之山,曰開明之門;東南方曰波母之山,曰陽門;南方曰南極之山,曰暑門;西南方曰編駒之山,曰白門;西方曰西極之山,曰閶闔之門;西北方曰不周之山,曰幽都之門;北方曰北極之山,曰寒門。凡八極之雲,是雨天下;八門之風,是節寒暑。八紘、八殥、八澤之雲,以雨九州而和中土。
新字:八殥之外,而有八紘,亦方千里,自東北方曰和丘,曰荒土;東方曰棘林,曰桑野;東南方曰大窮,曰眾女;南方曰都広,曰反戸;西南方曰焦僥,曰炎土;西方曰金丘,曰沃野;西北方曰一目,曰沙所;北方曰積冰,曰委羽。凡八紘之気,是出寒暑,以合八正,必以風雨。八紘之外,乃有八極,自東北方曰方土之山,曰蒼門;東方曰東極之山,曰開明之門;東南方曰波母之山,曰陽門;南方曰南極之山,曰暑門;西南方曰編駒之山,曰白門;西方曰西極之山,曰閶闔之門;西北方曰不周之山,曰幽都之門;北方曰北極之山,曰寒門。凡八極之雲,是雨天下;八門之風,是節寒暑。八紘、八殥、八沢之雲,以雨九州而和中土。
書き下し
八殥の外に、八紘有り、亦た方千里。東北方より和丘と曰い、荒土と曰う。東方は棘林と曰い、桑野と曰う。東南方は大窮と曰い、眾女と曰う。南方は都廣と曰い、反戶と曰う。西南方は焦僥と曰い、炎土と曰う。西方は金丘と曰い、沃野と曰う。西北方は一目と曰い、沙所と曰う。北方は積冰と曰い、委羽と曰う。凡そ八紘の氣は、是れ寒暑を出だし、以て八正に合し、必ず風雨を以てす。八紘の外に、乃ち八極有り。東北方より方土の山と曰い、蒼門と曰う。東方は東極の山と曰い、開明の門と曰う。東南方は波母の山と曰い、陽門と曰う。南方は南極の山と曰い、暑門と曰う。西南方は編駒の山と曰い、白門と曰う。西方は西極の山と曰い、閶闔の門と曰う。西北方は不周の山と曰い、幽都の門と曰う。北方は北極の山と曰い、寒門と曰う。凡そ八極の雲は、是れ天下に雨ふらす。八門の風は、是れ寒暑を節す。八紘・八殥・八澤の雲は、以て九州に雨ふらして中土を和す。
現代語訳
八つの殥の外に、八つの紘があり、これも四方千里。東北を和丘といい荒土といい、東を棘林といい桑野といい、東南を大窮といい衆女といい、南を都広といい反戸といい、西南を焦僥といい炎土といい、西を金丘といい沃野といい、西北を一目といい沙所といい、北を積氷といい委羽という。八つの紘の気は、寒さと暑さを出し、八つの正に合わせて、必ず風雨をともなう。八つの紘の外に、八つの極がある。東北を方土の山といい蒼門といい、東を東極の山といい開明の門といい、東南を波母の山といい陽門といい、南を南極の山といい暑門といい、西南を編駒の山といい白門といい、西を西極の山といい閶闔の門といい、西北を不周の山といい幽都の門といい、北を北極の山といい寒門という。八つの極の雲が天下に雨を降らせる。八つの門の風が寒暑を調える。八つの紘と八つの殥と八つの沢の雲が、九州に雨を降らせて中央の土を和ませる。
解説
この章句が説くこと
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『淮南子』墜形訓墬形の載する所、六合の間、四極の内、之を照らすに日月を以てし、之を經するに星辰を以てし、之を紀するに四時を以てし、之を要するに太歲を以てす。天地の間、九州八極、土に九山有り、山に九塞有り、澤に九藪有り、風に八等有り、水に六品有り。何をか九州と謂う。東南の神州を農土と曰い、正南の次州を沃土と曰い、西南の戎州を滔土と曰い、正西の弇州を並土と曰い、正中の冀州を中土と曰い、西北の台州を肥土と曰い、正北の泲州を成土と曰い、東北の薄州を隱土と曰い、正東の陽州を申土と曰う。
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『淮南子』墜形訓昆侖の丘、或いは上ること之に倍すれば、是を涼風の山と謂う。之に登れば死せず。或いは上ること之に倍すれば、是を懸圃と謂う。之に登れば乃ち靈にして、能く風雨を使う。或いは上ること之に倍すれば、乃ち上天を維ぐ。之に登れば乃ち神なり。是を太帝の居と謂う。扶木は陽州に在り、日の曊す所なり。建木は都廣に在り、眾帝の自ら上下する所なり。日中に景無く、呼びて響き無し。蓋し天地の中なり。若木は建木の西に在り、末に十日有り、其の華は下地を照らす。九州の大なる、純方千里、九州の外、乃ち八殥有り、亦た方千里。東北方より大澤と曰い、無通と曰う。東方は大渚と曰い、少海と曰う。東南方は具區と曰い、元澤と曰う。南方は大夢と曰い、浩澤と曰う。西南方は渚資と曰い、丹澤と曰う。西方は九區と曰い、泉澤と曰う。西北方は大夏と曰い、海澤と曰う。北方は大冥と曰い、寒澤と曰う。凡そ八殥八澤の雲は、是れ九州に雨ふらす。
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『淮南子』墜形訓東方の美なる者は、醫毋閭の珣玗琪有り。東南方の美なる者は、會稽の竹箭有り。南方の美なる者は、梁山の犀象有り。西南方の美なる者は、華山の金石有り。西方の美なる者は、霍山の珠玉有り。西北方の美なる者は、昆侖の球琳・琅玕有り。北方の美なる者は、幽都の筋角有り。東北方の美なる者は、斥山の文皮有り。中央の美なる者は、岱嶽有りて以て五穀桑麻を生じ、魚鹽焉に出づ。凡そ地形は、東西を緯と為し、南北を經と為す。山を積德と為し、川を積刑と為す。高き者を生と為し、下き者を死と為す。丘陵を牡と為し、溪穀を牝と為す。水の圓く折るる者は珠有り、方に折るる者は玉有り。清水には黃金有り、龍淵には玉英有り。土地は各ミ其の類を以て生ず。是の故に山氣は男多く、澤氣は女多く、障氣は喑多く、風氣は聾多く、林氣は癃多く、木氣は傴多く、岸下の氣は腫多く、石氣は力多く、險阻の氣は癭多く、暑氣は夭多く、寒氣は壽多く、穀氣は痹多く、丘氣は狂多く、衍氣は仁多く、陵氣は貪多し。輕土は利多く、重土は遲多し。清水は音小さく、濁水は音大なり。湍水は人輕く、遲水は人重し。中土は聖人多し。皆な其の氣に象り、皆な其の類に應ず。故に南方に不死の草有り、北方に不釋の冰有り、東方に君子の國有り、西方に形殘の屍有り。寢居は直夢し、人死して鬼と為り、磁石は上飛し、雲母は水を來し、土龍は雨を致し、燕雁は代わる代わる飛ぶ。蛤蟹珠龜は、月と盛衰す。是の故に堅土の人は剛く、弱土の人は肥え、壚土の人は大に、沙土の人は細く、息土の人は美に、毛土の人は醜し。水を食らう者は善く游ぎ寒に能え、土を食らう者は心無くして慧く、木を食らう者は力多くして𡚤く、草を食らう者は善く走りて愚に、葉を食らう者は絲有りて蛾となり、肉を食らう者は勇敢にして悍く、氣を食らう者は神明にして壽く、穀を食らう者は知慧にして夭す。食らわざる者は死せずして神なり。
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『淮南子』墜形訓何をか九山と謂う。會稽・泰山・王屋・首山・太華・岐山・太行・羊腸・孟門なり。何をか九塞と謂う。曰く、太汾・澠厄・荊阮・方城・肴阪・井陘・令疵・句注・居庸なり。何をか九藪と謂う。曰く、越の具區、楚の雲夢澤、秦の陽紆、晉の大陸、鄭の圃田、宋の孟諸、齊の海隅、趙の钜鹿、燕の昭餘なり。何をか八風と謂う。東北を炎風と曰い、東方を條風と曰い、東南を景風と曰い、南方を巨風と曰い、西南を涼風と曰い、西方を飂風と曰い、西北を麗風と曰い、北方を寒風と曰う。
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『淮南子』時則訓中央の極、昆侖より東のかた兩恆山を絕ち、日月の道する所、江・漢の出づる所、眾民の野、五穀の宜しき所、龍門・河・濟相い貫き、息壤を以て洪水を堙ぐの州、東のかた碣石に至る、黃帝・后土の司る所の者、萬二千里。其の令に曰く、平らかにして阿らず、明らかにして苛ならず、包裹覆露して、囊懷せざる無く、溥氾にして私無く、正靜以て和し、稃鬻を行い、老衰を養い、死を弔い疾を問い、以て萬物の歸するを送る、と。
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『淮南子』天文訓何をか八風と謂う。日冬至を距ること四十五日にして條風至り、條風至りて四十五日にして明庶風至り、明庶風至りて四十五日にして清明風至り、清明風至りて四十五日にして景風至り、景風至りて四十五日にして涼風至り、涼風至りて四十五日にして閶闔風至り、閶闔風至りて四十五日にして不周風至り、不周風至りて四十五日にして廣莫風至る。條風至れば則ち輕繫を出だし、稽留を去る。明庶風至れば則ち封疆を正し、田疇を修む。清明風至れば則ち幣帛を出だし、諸侯を使わす。景風至れば則ち位有るを爵し、功有るを賞す。涼風至れば則ち地德に報い、四郊に祀る。閶闔風至れば則ち縣垂を收め、琴瑟張らず。不周風至れば則ち宮室を修め、邊城を繕う。廣莫風至れば則ち關梁を閉じ、刑罰を決す。