淮南子 / 天文訓
星部地名:角、亢,鄭;氐、房、心宋;尾、箕,燕;斗、牽牛,越;須女,吴;虚、危,齊;營室、東壁,衛;奎、婁,魯;胃、昴、畢,魏;觜雟、參,趙;東井、輿鬼,秦;柳、七星、張,周;翼、軫,楚。歲星之所居,五榖豐昌,其對爲衝,歲乃有殃。當居而不居,越而之他處,主死國亡。太陰治春則欲行柔惠温涼,太陰治夏則欲布施宣明,太陰治秋則欲脩備繕兵,太陰治冬則欲猛毅剛彊。三歲而改節,六歲而易常,故三歲而一饑,六歲而一衰,十二歲一康。
新字:星部地名:角、亢,鄭;氐、房、心宋;尾、箕,燕;斗、牽牛,越;須女,呉;虚、危,斉;営室、東壁,衛;奎、婁,魯;胃、昴、畢,魏;觜雟、参,趙;東井、輿鬼,秦;柳、七星、張,周;翼、軫,楚。歳星之所居,五穀豊昌,其対為衝,歳乃有殃。当居而不居,越而之他処,主死国亡。太陰治春則欲行柔恵温涼,太陰治夏則欲布施宣明,太陰治秋則欲脩備繕兵,太陰治冬則欲猛毅剛彊。三歳而改節,六歳而易常,故三歳而一饑,六歳而一衰,十二歳一康。
書き下し
星部の地名は、角・亢は鄭、氐・房・心は宋、尾・箕は燕、斗・牽牛は越、須女は吳、虚・危は齊、營室・東壁は衛、奎・婁は魯、胃・昴・畢は魏、觜雟・參は趙、東井・輿鬼は秦、柳・七星・張は周、翼・軫は楚なり。歲星の居る所は、五穀豐昌なり。其の對を衝と爲し、歲乃ち殃有り。當に居るべくして居らず、越えて他處に之けば、主死し國亡ぶ。太陰春を治むれば則ち柔惠温涼を行わんことを欲し、太陰夏を治むれば則ち布施宣明ならんことを欲し、太陰秋を治むれば則ち脩備繕兵ならんことを欲し、太陰冬を治むれば則ち猛毅剛彊ならんことを欲す。三歲にして節を改め、六歲にして常を易う。故に三歲にして一たび饑え、六歲にして一たび衰え、十二歲にして一たび康し。
現代語訳
星の受け持つ地名は、角と亢が鄭、氐・房・心が宋、尾と箕が燕、斗と牽牛が越、須女が呉、虚と危が斉、営室と東壁が衛、奎と婁が魯、胃・昴・畢が魏、觜雟と参が趙、東井と輿鬼が秦、柳・七星・張が周、翼と軫が楚である。歳星のいるところは五穀が豊かに実る。その向かい合わせを衝といい、その年は災いがある。いるべきところにいないで、越えて他の場所に行けば、主は死に国は滅びる。太陰が春を治めれば柔らかく恵み深く穏やかであろうとし、夏を治めれば施し広め明らかであろうとし、秋を治めれば備えを整え兵を繕おうとし、冬を治めれば猛々しく剛くあろうとする。三年で節を改め、六年で常を変える。だから三年に一度飢え、六年に一度衰え、十二年に一度安らぐ。
解説
この章句が説くこと
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