淮南子 / 天文訓
太陰在戌,歲名曰閹茂,歲星舍翼、軫,以七月與之晨出東方,營室、東壁爲對。太陰在亥,歲名曰大淵獻,歲星舍角、亢,以八月與之晨出東方,奎、婁爲對。太陰在子,歲名曰困敦,歲星舍氐、房、心,以九月與之晨出東方,胃、昴、畢爲對。太陰在丑,歲名曰赤奮若,歲星舍尾、箕,以十月與之晨出東方,觜雟、參爲對。太陰在甲子,刑德合東方宫,常徙所不勝,合四歲而離,離十六歲而復合。所以離者,刑不得入中宫,而徙於木。太陰所居日爲德,辰爲刑。德,綱日自倍因,柔日徙所不勝。刑,水辰之木,木辰之水,金、火立其處。凡徙諸神,朱鳥在太陰前一,鉤陳在後三,玄武在前五,白虎在後六,虚星乘鉤陳而天地襲矣。
新字:太陰在戌,歳名曰閹茂,歳星舎翼、軫,以七月与之晨出東方,営室、東壁為対。太陰在亥,歳名曰大淵献,歳星舎角、亢,以八月与之晨出東方,奎、婁為対。太陰在子,歳名曰困敦,歳星舎氐、房、心,以九月与之晨出東方,胃、昴、畢為対。太陰在丑,歳名曰赤奮若,歳星舎尾、箕,以十月与之晨出東方,觜雟、参為対。太陰在甲子,刑徳合東方宫,常徙所不勝,合四歳而離,離十六歳而復合。所以離者,刑不得入中宫,而徙於木。太陰所居日為徳,辰為刑。徳,綱日自倍因,柔日徙所不勝。刑,水辰之木,木辰之水,金、火立其処。凡徙諸神,朱鳥在太陰前一,鉤陳在後三,玄武在前五,白虎在後六,虚星乗鉤陳而天地襲矣。
書き下し
太陰戌に在れば、歲名を閹茂と曰い、歲星は翼・軫に舍り、七月を以て之と晨に東方に出で、營室・東壁を對と爲す。太陰亥に在れば、歲名を大淵獻と曰い、歲星は角・亢に舍り、八月を以て之と晨に東方に出で、奎・婁を對と爲す。太陰子に在れば、歲名を困敦と曰い、歲星は氐・房・心に舍り、九月を以て之と晨に東方に出で、胃・昴・畢を對と爲す。太陰丑に在れば、歲名を赤奮若と曰い、歲星は尾・箕に舍り、十月を以て之と晨に東方に出で、觜雟・參を對と爲す。太陰甲子に在れば、刑德東方の宮に合し、常に勝たざる所に徙り、四歲を合して離れ、離るること十六歲にして復た合す。離るる所以の者は、刑中宮に入るを得ずして、木に徙ればなり。太陰の居る所の日を德と爲し、辰を刑と爲す。德は、綱日にして自ら倍し因り、柔日にして勝たざる所に徙る。刑は、水は辰の木、木は辰の水にして、金・火は其の處に立つ。凡そ諸神を徙すに、朱鳥は太陰の前一に在り、鉤陳は後三に在り、玄武は前五に在り、白虎は後六に在り、虚星は鉤陳に乘りて天地襲る。
現代語訳
太陰が戌にあれば、年の名を閹茂といい、歳星は翼と軫に宿り、七月に明け方の東に出て、営室と東壁が向かい合わせとなる。太陰が亥にあれば、年の名を大淵献といい、歳星は角と亢に宿り、八月に明け方の東に出て、奎と婁が向かい合わせとなる。太陰が子にあれば、年の名を困敦といい、歳星は氐・房・心に宿り、九月に明け方の東に出て、胃・昴・畢が向かい合わせとなる。太陰が丑にあれば、年の名を赤奮若といい、歳星は尾と箕に宿り、十月に明け方の東に出て、觜雟と参が向かい合わせとなる。太陰が甲子にあれば、刑と徳は東方の宮で合わさり、いつも勝てないほうへ移り、四年合わさって離れ、離れて十六年でまた合わさる。離れるのは、刑が中宮に入れずに木へ移るからである。太陰のいる日を徳とし、辰を刑とする。徳は、綱の日には自ら倍にして従い、柔の日には勝てないほうへ移る。刑は、水は辰の木、木は辰の水として、金と火はその場所に立つ。あらゆる神を移すとき、朱鳥は太陰の前一に、鉤陳は後三に、玄武は前五に、白虎は後六にあり、虚星が鉤陳に乗って天地は重なる。
解説
この章句が説くこと
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『淮南子』天文訓太陰巳に在れば、歲名を大荒落と曰い、歲星は奎・婁に舍り、二月を以て之と晨に東方に出で、角・亢を對と爲す。太陰午に在れば、歲名を敦牂と曰い、歲星は胃・昴・畢に舍り、三月を以て之と晨に東方に出で、氐・房・心を對と爲す。太陰未に在れば、歲名を協洽と曰い、歲星は觜雟・參に舍り、四月を以て之と晨に東方に出で、尾・箕を對と爲す。太陰申に在れば、歲名を涒灘と曰い、歲星は東井・輿鬼に舍り、五月を以て之と晨に東方に出で、斗・牽牛を對と爲す。太陰酉に在れば、歲名を作鄂と曰い、歲星は柳・七星・張に舍り、六月を以て之と晨に東方に出で、須女・虚・危を對と爲す。
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『淮南子』天文訓戌を成と爲し、少德を主る。亥を收と爲し、大德を主る。子を開と爲し、太歲を主る。丑を閉と爲し、太陰を主る。太陰寅に在れば、歲名を攝提格と曰い、其の雄を歲星と爲し、斗・牽牛に舍り、十一月を以て之と晨に東方に出で、東井・輿鬼を對と爲す。太陰卯に在れば、歲名を單閼と曰い、歲星は須女・虚・危に舍り、十二月を以て之と晨に東方に出で、柳・七星・張を對と爲す。太陰辰に在れば、歲名を執徐と曰い、歲星は營室・東壁に舍り、正月を以て之と晨に東方に出で、翼・軫を對と爲す。
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『淮南子』天文訓太陰四仲に在れば、則ち歲星三宿を行く。太陰四鉤に在れば、則ち歲星二宿を行く。二八十六、三四十二、故に十二歳にして二十八宿を行く。日に十二分度の一を行き、歲に三十度と十六分度の七を行き、十二歳にして周る。熒惑は常に十月を以て太微に入り、制を受けて出でて宿を列ね行き、無道の國を司り、亂を為し賊を為し、疾を為し喪を為し、饑を為し兵を為す。出入常無く、其の色を辯變し、時に見れ時に匿る。鎮星は甲寅の元を以て始めて斗に建ち、歲に一宿を鎮行す。當に居るべくして居らざれば、其の國土を亡う。未だ當に居るべからずして之に居れば、其の國地を益し、歲熟す。日に二十八分度の一を行き、歲に十三度と百一十二分度の五を行き、二十八歳にして周る。太白は元始正月を以て寅に建ち、熒惑と晨に東方に出で、二百四十日にして入り、入りて百二十日にして夕べに西方に出で、二百四十日にして入り、入りて三十五日にして復た東方に出づ。出づるに辰戌を以てし、入るに丑未を以てす。當に出づべくして出でず、未だ當に入るべからずして入れば、天下兵を偃す。當に入るべくして入らず、當に出づべくして出でざれば、天下兵を興す。辰星は四時を正す。常に二月春分を以て奎・婁に效し、五月夏至を以て東井・輿鬼に效し、八月秋分を以て角・亢に效し、十一月冬至を以て斗・牽牛に效す。出づるに辰戌を以てし、入るに丑未を以てす。出でて二旬にして入る。晨には之を東方に候い、夕べには之を西方に候う。一時出でざれば、其の時和せず。四時出でざれば、天下大いに飢う。
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『淮南子』天文訓太陰の元始は、甲寅に建つ。一終して甲戌に建ち、二終して甲午に建ち、三終して復た甲寅の元を得。歲ごとに一辰を徙る。立春の後、其の辰を得て其の順ずる所に遷る。前三後五にして、百事舉ぐ可し。太陰の建つ所は、蟄蟲穴に首して處り、鵲は巢を鄉けて戶と爲す。太陰寅に在れば、朱烏は卯に在り、勾陳は子に在り、玄武は戌に在り、白虎は酉に在り、蒼龍は辰に在り。寅を建と爲し、卯を除と爲し、辰を滿と爲し、巳を平と爲し、生を主る。午を定と爲し、未を執と爲し、陷を主る。申を破と爲し、衡を主る。酉を危と爲し、杓を主る。
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『淮南子』天文訓斗杓を小歲と為し、正月寅に建ち、月ごとに左に從いて十二辰を行く。咸池を太歲と為し、二月卯に建ち、月ごとに右に從いて四仲を行き、終わりて復た始まる。太歲は迎うる者は辱められ、背く者は強く、左する者は衰え、右する者は昌んなり。小歲は東南すれば則ち生じ、西北すれば則ち殺す。迎う可からずして背く可きなり、左す可からずして右す可きなり。其れ此の謂いなり。大時なる者は、咸池なり。小時なる者は、月建なり。天維元を建つるは、常に寅を以て始起し、右に徙りて一歲にして移り、十二歲にして大いに天を周り、終わりて復た始まる。淮南元年の冬、太一は丙子に在り、冬至は甲午、立春は丙子なり。二陰一陽は氣二を成し、二陽一陰は氣三を成す。氣を合わせて音と為し、陰を合わせて陽と為し、陽を合わせて律と為す。故に五音六律と曰う。音は自ら倍して日と為り、律は自ら倍して辰と為る。故に日は十にして辰は十二なり。月は日に十三度と七十六分度の二十六を行き、二十九日と九百四十分日の四百九十九にして月と為し、十二月を以て歲と為す。歲に餘り十日と九百四十分日の八百二十七有り。故に十九歲にして七たび閏す。日は冬至に子午、夏至に卯酉。冬至に三日を加うれば、則ち夏至の日なり。歲ごとに六日を遷し、終わりて復た始まる。
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『淮南子』天文訓星部の地名は、角・亢は鄭、氐・房・心は宋、尾・箕は燕、斗・牽牛は越、須女は吳、虚・危は齊、營室・東壁は衛、奎・婁は魯、胃・昴・畢は魏、觜雟・參は趙、東井・輿鬼は秦、柳・七星・張は周、翼・軫は楚なり。歲星の居る所は、五穀豐昌なり。其の對を衝と爲し、歲乃ち殃有り。當に居るべくして居らず、越えて他處に之けば、主死し國亡ぶ。太陰春を治むれば則ち柔惠温涼を行わんことを欲し、太陰夏を治むれば則ち布施宣明ならんことを欲し、太陰秋を治むれば則ち脩備繕兵ならんことを欲し、太陰冬を治むれば則ち猛毅剛彊ならんことを欲す。三歲にして節を改め、六歲にして常を易う。故に三歲にして一たび饑え、六歲にして一たび衰え、十二歲にして一たび康し。