淮南子 / 天文訓
太陰在四仲,則歲星行三宿;太陰在四鉤,則歲星行二宿。二八十六,三四十二,故十二歲而行二十八宿。日行十二分度之,歲行三十度十六分度之七,十二歲而周。熒惑常以十月入太微,受制而出行列宿,司無道之國,為亂為賊,為疾為喪,為饑為兵,出入無常,辯變其色,時見時匿。鎮星以甲寅元始建斗,歲鎮行一宿,當居而弗居,其國亡土;未當居而居之,其國益地,歲熟。日行二十八分度之一,歲行十三度百一十二分度之五,二十八歲而周。太白元始以正月建寅,與熒惑晨出東方,二百四十日而入,入百二十日而夕出西方,二百四十日而入,入三十五日而復出東方。出以辰戌,入以丑未。當出而不出,未當入而入,天下偃兵;當入而不入,當出而不出,天下興兵。辰星正四時,常以二月春分效奎、婁,以五月夏至效東井、輿鬼,以八月秋分效角、亢,以十一月冬至效斗、牽牛。出以辰戌,入以丑未,出二旬而入。晨候之東方,夕候之西方。一時不出,其時不和;四時不出,天下大飢。
新字:太陰在四仲,則歳星行三宿;太陰在四鉤,則歳星行二宿。二八十六,三四十二,故十二歳而行二十八宿。日行十二分度之,歳行三十度十六分度之七,十二歳而周。熒惑常以十月入太微,受制而出行列宿,司無道之国,為乱為賊,為疾為喪,為饑為兵,出入無常,弁変其色,時見時匿。鎮星以甲寅元始建斗,歳鎮行一宿,当居而弗居,其国亡土;未当居而居之,其国益地,歳熟。日行二十八分度之一,歳行十三度百一十二分度之五,二十八歳而周。太白元始以正月建寅,与熒惑晨出東方,二百四十日而入,入百二十日而夕出西方,二百四十日而入,入三十五日而復出東方。出以辰戌,入以丑未。当出而不出,未当入而入,天下偃兵;当入而不入,当出而不出,天下興兵。辰星正四時,常以二月春分効奎、婁,以五月夏至効東井、輿鬼,以八月秋分効角、亢,以十一月冬至効斗、牽牛。出以辰戌,入以丑未,出二旬而入。晨候之東方,夕候之西方。一時不出,其時不和;四時不出,天下大飢。
書き下し
太陰四仲に在れば、則ち歲星三宿を行く。太陰四鉤に在れば、則ち歲星二宿を行く。二八十六、三四十二、故に十二歳にして二十八宿を行く。日に十二分度の一を行き、歲に三十度と十六分度の七を行き、十二歳にして周る。熒惑は常に十月を以て太微に入り、制を受けて出でて宿を列ね行き、無道の國を司り、亂を為し賊を為し、疾を為し喪を為し、饑を為し兵を為す。出入常無く、其の色を辯變し、時に見れ時に匿る。鎮星は甲寅の元を以て始めて斗に建ち、歲に一宿を鎮行す。當に居るべくして居らざれば、其の國土を亡う。未だ當に居るべからずして之に居れば、其の國地を益し、歲熟す。日に二十八分度の一を行き、歲に十三度と百一十二分度の五を行き、二十八歳にして周る。太白は元始正月を以て寅に建ち、熒惑と晨に東方に出で、二百四十日にして入り、入りて百二十日にして夕べに西方に出で、二百四十日にして入り、入りて三十五日にして復た東方に出づ。出づるに辰戌を以てし、入るに丑未を以てす。當に出づべくして出でず、未だ當に入るべからずして入れば、天下兵を偃す。當に入るべくして入らず、當に出づべくして出でざれば、天下兵を興す。辰星は四時を正す。常に二月春分を以て奎・婁に效し、五月夏至を以て東井・輿鬼に效し、八月秋分を以て角・亢に效し、十一月冬至を以て斗・牽牛に效す。出づるに辰戌を以てし、入るに丑未を以てす。出でて二旬にして入る。晨には之を東方に候い、夕べには之を西方に候う。一時出でざれば、其の時和せず。四時出でざれば、天下大いに飢う。
現代語訳
太陰が四仲にあれば、歳星は三宿を行く。太陰が四鉤にあれば、歳星は二宿を行く。二かける八で十六、三かける四で十二、だから十二年で二十八宿を巡る。一日に十二分の一度を行き、一年に三十度と十六分の七度を行き、十二年で一周する。熒惑はいつも十月に太微に入り、命を受けて出て宿を巡り、道のない国を見張り、乱を起こし賊を起こし、病を起こし喪を起こし、飢えを起こし兵を起こす。出入りに定まりがなく、その色を変え、あるときは現れあるときは隠れる。鎮星は甲寅の元によってはじめて斗に立ち、一年に一宿ずつ巡って鎮める。居るべきところに居なければ、その国は土地を失う。まだ居るべきでないのに居れば、その国は土地を増し、その年は豊作となる。一日に二十八分の一度を行き、一年に十三度と百十二分の五度を行き、二十八年で一周する。太白は元始の正月に寅に立ち、熒惑とともに明け方に東に出て、二百四十日で入り、入って百二十日で夕方に西に出て、二百四十日で入り、入って三十五日でまた東に出る。出るのは辰と戌、入るのは丑と未による。出るべきときに出ず、まだ入るべきでないのに入れば、天下は兵を収める。入るべきときに入らず、出るべきときに出なければ、天下は兵を起こす。辰星は四季を正す。いつも二月の春分に奎と婁で験を示し、五月の夏至に東井と輿鬼で示し、八月の秋分に角と亢で示し、十一月の冬至に斗と牽牛で示す。出るのは辰と戌、入るのは丑と未による。出て二十日で入る。明け方は東で待ち、夕方は西で待つ。ひとつの季節に出なければ、その季節は和さない。四季とも出なければ、天下は大いに飢える。
解説
この章句が説くこと
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史記 天官書其の次舎を失ふこと以下、進みて東北すれば、三月にして天棓を生ず、長さ四丈、末兌し。進みて東南すれば、三月にして彗星を生ず、長さ二丈、彗に類す。退きて西北すれば、三月にして天欃を生ず、長さ四丈、末兌し。退きて西南すれば、三月にして天槍を生ず、長さ数丈、両頭兌し。謹んで其の見はるる所の国を視よ、事を挙げ兵を用ふべからず。其の出づること浮くが如く沈むが如くなれば、其の国に土功有り。沈むが如く浮くが如くなれば、其の野亡ぶ。色赤くして角有れば、其の居る所の国昌ゆ。角を迎へて戦ふ者は、勝たず。星の色赤黄にして沈めば、居る所の野大いに穣る。色青白にして赤灰なれば、居る所の野に憂ひ有り。歳星月に入れば、其の野に逐はるる相有り。太白と闘へば、其の野に破軍有り。歳星は一に摂提と曰ひ、重華と曰ひ、応星と曰ひ、紀星と曰ふ。営室は清廟為り、歳星の廟なり。剛気を察して以て熒惑を処く。南方の火と曰ひ、夏を主り、日は丙・丁なり。礼失はるれば、罰は熒惑に出づ、熒惑の行を失ふ是れなり。出づれば則ち兵有り、入れば則ち兵散ず。其の舎を以て国を命ず。熒惑は勃乱、残賊・疾・喪・飢・兵と為す。道に反くこと二舎以上にして、之に居れば、三月にして殃有り、五月にして兵を受け、七月にして半ば地を亡ひ、九月にして太半地を亡ふ。因りて俱に出入すれば、国祀を絶つ。之に居りて、殃還りて至れば、大と雖も当に小なるべし。久しくして至れば、当に小なるべきも反りて大なり。其の南は丈夫為り、北は女子の喪為り。若し角動きて之を繞環し、及び乍ち前み乍ち後れ、左右すれば、殃益々大なり。他星と闘ひ、光相逮べば、害と為る。相逮ばざれば、害あらず。五星皆従ひて一舎に聚まれば、其の下の国は礼を以て天下を致すべし。其の行は東・西・南・北疾きなり。兵各々其の下に聚まる。用て戦ふに、之に順へば勝ち、之に逆らへば敗る。熒惑太白に従へば、軍憂ふ。之を離るれば、軍卻く。太白の陰に出づれば、分軍有り。其の陽に行けば、偏将の戦ひ有り。其の行に当たりて、太白之に逮べば、軍を破り将を殺す。
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『淮南子』天文訓星部の地名は、角・亢は鄭、氐・房・心は宋、尾・箕は燕、斗・牽牛は越、須女は吳、虚・危は齊、營室・東壁は衛、奎・婁は魯、胃・昴・畢は魏、觜雟・參は趙、東井・輿鬼は秦、柳・七星・張は周、翼・軫は楚なり。歲星の居る所は、五穀豐昌なり。其の對を衝と爲し、歲乃ち殃有り。當に居るべくして居らず、越えて他處に之けば、主死し國亡ぶ。太陰春を治むれば則ち柔惠温涼を行わんことを欲し、太陰夏を治むれば則ち布施宣明ならんことを欲し、太陰秋を治むれば則ち脩備繕兵ならんことを欲し、太陰冬を治むれば則ち猛毅剛彊ならんことを欲す。三歲にして節を改め、六歲にして常を易う。故に三歲にして一たび饑え、六歲にして一たび衰え、十二歲にして一たび康し。
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『淮南子』天文訓太陰戌に在れば、歲名を閹茂と曰い、歲星は翼・軫に舍り、七月を以て之と晨に東方に出で、營室・東壁を對と爲す。太陰亥に在れば、歲名を大淵獻と曰い、歲星は角・亢に舍り、八月を以て之と晨に東方に出で、奎・婁を對と爲す。太陰子に在れば、歲名を困敦と曰い、歲星は氐・房・心に舍り、九月を以て之と晨に東方に出で、胃・昴・畢を對と爲す。太陰丑に在れば、歲名を赤奮若と曰い、歲星は尾・箕に舍り、十月を以て之と晨に東方に出で、觜雟・參を對と爲す。太陰甲子に在れば、刑德東方の宮に合し、常に勝たざる所に徙り、四歲を合して離れ、離るること十六歲にして復た合す。離るる所以の者は、刑中宮に入るを得ずして、木に徙ればなり。太陰の居る所の日を德と爲し、辰を刑と爲す。德は、綱日にして自ら倍し因り、柔日にして勝たざる所に徙る。刑は、水は辰の木、木は辰の水にして、金・火は其の處に立つ。凡そ諸神を徙すに、朱鳥は太陰の前一に在り、鉤陳は後三に在り、玄武は前五に在り、白虎は後六に在り、虚星は鉤陳に乘りて天地襲る。
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『淮南子』天文訓斗杓を小歲と為し、正月寅に建ち、月ごとに左に從いて十二辰を行く。咸池を太歲と為し、二月卯に建ち、月ごとに右に從いて四仲を行き、終わりて復た始まる。太歲は迎うる者は辱められ、背く者は強く、左する者は衰え、右する者は昌んなり。小歲は東南すれば則ち生じ、西北すれば則ち殺す。迎う可からずして背く可きなり、左す可からずして右す可きなり。其れ此の謂いなり。大時なる者は、咸池なり。小時なる者は、月建なり。天維元を建つるは、常に寅を以て始起し、右に徙りて一歲にして移り、十二歲にして大いに天を周り、終わりて復た始まる。淮南元年の冬、太一は丙子に在り、冬至は甲午、立春は丙子なり。二陰一陽は氣二を成し、二陽一陰は氣三を成す。氣を合わせて音と為し、陰を合わせて陽と為し、陽を合わせて律と為す。故に五音六律と曰う。音は自ら倍して日と為り、律は自ら倍して辰と為る。故に日は十にして辰は十二なり。月は日に十三度と七十六分度の二十六を行き、二十九日と九百四十分日の四百九十九にして月と為し、十二月を以て歲と為す。歲に餘り十日と九百四十分日の八百二十七有り。故に十九歲にして七たび閏す。日は冬至に子午、夏至に卯酉。冬至に三日を加うれば、則ち夏至の日なり。歲ごとに六日を遷し、終わりて復た始まる。
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『淮南子』天文訓凡そ太陰を用うるには、左に刑を前にし、右に德を背にし、鉤陳の衝辰を擊つ。以て戰えば必ず勝ち、以て攻むれば必ず剋つ。天道を知らんと欲せば、日を以て主と爲し、六月心に當たり、左に周りて行き、分かちて十二月と爲し、日と相い當たる。天地重襲すれば、後に必ず殃無し。星は正月に營室に建ち、二月に奎・婁に建ち、三月に胃に建ち、四月に畢に建ち、五月に東井に建ち、六月に張に建ち、七月に翼に建ち、八月に亢に建ち、九月に房に建ち、十月に尾に建ち、十一月に牽牛に建ち、十二月に虚に建つ。星の分度は、角十二、亢九、氐十五、房五、心五、尾十八、箕十一と四分の一、斗二十六、牽牛八、須女十二、虚十、危十七、營室十六、東壁九、奎十六、婁十二、胃十四、昴十一、畢十六、觜雟二、參九、東井三十、輿鬼四、柳十五、星七、張・翼各ミ十八、軫十七。凡そ二十八宿なり。
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五行大義・第十六論七政董仲舒云う、「人に於いては、妃后・大臣・諸公の象なり。月は刑たり。故に月蝕には刑を脩めて以てこれを禳(はら)う」と。五星とは、『説文』に云う、「星は万物の精なり」と。或いは曰く、「日分かれて星と為る、故にその字は日の下に生ず」と。『史記』に云う、「星は金の散ずる精なり。星隕(お)ちて石と為る」と。此れ金是れなり。『春秋』に云う、「石を宋に隕(おと)す」と。星を隕すなり。又云う、「星は陰の精なり」と。金も亦た陰なり。列してこれを言えば、各々五行に配し、独り金を主るのみならず。歳星は木の精、その位は東方、春を主る。蒼帝の子にして、人主の象、五星の長、司農の官なり。福慶を主る。凡そ六名有り。一に摂提(せってい)と名づけ、二に重華と名づけ、三に応星と名づけ、四に纏星(てんせい)と名づけ、五に紀星と名づけ、六に脩人星と名づく。その主る所の国は、呉・斉と曰う。舎を超えて前むを盈(えい)と為し、舎を退くを縮と為す。行邪なれば則ち主邪に、行正しければ則ち主正し。政急なれば則ち行疾く、政緩なれば則ち行遅し。酷なれば則ち陰を行き、和すれば則ち陽を行く。陽を行けば則ち旱(ひでり)し、陰を行けば則ち水あり。治まれば則ち度に順い、乱るれば則ち逆行す。その歳を主るを以て、故に歳星と名づく。熒惑(けいこく)は火の精、その位は南方、夏を主る。赤帝の子にして、方伯の象、五星の伯なり。上は太一を承け、下は人君を司る。天子の理を謂うなり。無道を伺い、出入常無く、天の為に伺察す。往く所は兵乱・賊・喪・飢・疾を主る。凡そ二名有り。一に罰星と名づけ、二に執法と名づく。その主る所の国は、荊・越と曰う。是れ太白の雄なり。南に出づるを熒惑と為し、西に居るを天理と為し、東に在るを県息と為す。その出入常無きを以て、故に熒惑と名づく。鎮星は土の精、その位は中央、四季を主る。女主の象なり。徳を主り、五星の王たり。一に地候と名づく。女主の邪正を伺う。陽に入れば則ち外と為し、陰に入れば則ち内と為す。四星皆失すれば、鎮星乃ち動を為す。

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