淮南子 / 天文訓
戌爲成,主少德;亥爲收,主大德;子爲開,主太歲;丑爲閉,主太陰。太陰在寅,歲名曰攝提格,其雄爲歲星,舍斗、牽牛,以十一月與之晨出東方,東井、輿鬼爲對。太陰在卯,歲名曰單閼,歲星舍須女、虚、危,以十二月與之晨出東方,柳、七星、張爲對。太陰在辰,歲名曰執徐,歲星舍營室、東壁,以正月與之晨出東方,翼、軫爲對。
新字:戌為成,主少徳;亥為収,主大徳;子為開,主太歳;丑為閉,主太陰。太陰在寅,歳名曰摂提格,其雄為歳星,舎斗、牽牛,以十一月与之晨出東方,東井、輿鬼為対。太陰在卯,歳名曰単閼,歳星舎須女、虚、危,以十二月与之晨出東方,柳、七星、張為対。太陰在辰,歳名曰執徐,歳星舎営室、東壁,以正月与之晨出東方,翼、軫為対。
書き下し
戌を成と爲し、少德を主る。亥を收と爲し、大德を主る。子を開と爲し、太歲を主る。丑を閉と爲し、太陰を主る。太陰寅に在れば、歲名を攝提格と曰い、其の雄を歲星と爲し、斗・牽牛に舍り、十一月を以て之と晨に東方に出で、東井・輿鬼を對と爲す。太陰卯に在れば、歲名を單閼と曰い、歲星は須女・虚・危に舍り、十二月を以て之と晨に東方に出で、柳・七星・張を對と爲す。太陰辰に在れば、歲名を執徐と曰い、歲星は營室・東壁に舍り、正月を以て之と晨に東方に出で、翼・軫を對と爲す。
現代語訳
戌を成として、小さな徳を司る。亥を収として、大きな徳を司る。子を開として、太歳を司る。丑を閉として、太陰を司る。太陰が寅にあれば、その年の名を摂提格といい、その雄を歳星として、斗と牽牛に宿り、十一月に歳星とともに明け方の東に出て、東井と輿鬼が向かい合わせとなる。太陰が卯にあれば、年の名を単閼といい、歳星は須女・虚・危に宿り、十二月に明け方の東に出て、柳・七星・張が向かい合わせとなる。太陰が辰にあれば、年の名を執徐といい、歳星は営室・東壁に宿り、正月に明け方の東に出て、翼と軫が向かい合わせとなる。
解説
前の段から続く十二直の残りを片づけて、そのまま歳名の一覧に入ります。太陰が十二支のどこにあるかで、その年に固有の名前が付く仕組みです。摂提格、単閼、執徐。数字の年号ではなく、天の配置がそのまま年の名前になっています。あわせて歳星の宿る星座と、向かい合わせになる星座が記録されます。年を、暦の上の番号ではなく空の見え方で指す方法です。
この章句が説くこと
戌を成と為し少徳を主る亥を収と為し大徳を主る太陰寅に在れば歳名を摂提格と曰い歳星は斗牽牛に舎り十一月を以て之と晨に東方に出づ太陰辰に在れば歳名を執徐と曰う歳名歳星
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『淮南子』天文訓太陰戌に在れば、歲名を閹茂と曰い、歲星は翼・軫に舍り、七月を以て之と晨に東方に出で、營室・東壁を對と爲す。太陰亥に在れば、歲名を大淵獻と曰い、歲星は角・亢に舍り、八月を以て之と晨に東方に出で、奎・婁を對と爲す。太陰子に在れば、歲名を困敦と曰い、歲星は氐・房・心に舍り、九月を以て之と晨に東方に出で、胃・昴・畢を對と爲す。太陰丑に在れば、歲名を赤奮若と曰い、歲星は尾・箕に舍り、十月を以て之と晨に東方に出で、觜雟・參を對と爲す。太陰甲子に在れば、刑德東方の宮に合し、常に勝たざる所に徙り、四歲を合して離れ、離るること十六歲にして復た合す。離るる所以の者は、刑中宮に入るを得ずして、木に徙ればなり。太陰の居る所の日を德と爲し、辰を刑と爲す。德は、綱日にして自ら倍し因り、柔日にして勝たざる所に徙る。刑は、水は辰の木、木は辰の水にして、金・火は其の處に立つ。凡そ諸神を徙すに、朱鳥は太陰の前一に在り、鉤陳は後三に在り、玄武は前五に在り、白虎は後六に在り、虚星は鉤陳に乘りて天地襲る。
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『淮南子』天文訓攝提格の歲は、歲早くに水あり晚くに旱し、稻疾み、蠶登らず、菽・麥昌んなり。民の食四升、寅なり。甲に在るを閼蓬と曰う。單閼の歲は、歲和し、稻・菽・麥・蠶昌んなり。民の食五升、卯なり。乙に在るを旃蒙と曰う。執徐の歲は、歲早くに旱し晚くに水あり、小饑あり、蠶閉じ、麥熟す。民の食三升、辰なり。丙に在るを柔兆と曰う。大荒落の歲は、歲に小兵有り、蠶小しく登り、麥昌んに、菽疾む。民の食二升、巳なり。丁に在るを強圉と曰う。敦牂の歲は、歲大いに旱し、蠶登り、稻疾み、菽・麥昌んに、禾爲らず。民の食二升、午なり。戊に在るを著雝と曰う。
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『淮南子』天文訓太陰の元始は、甲寅に建つ。一終して甲戌に建ち、二終して甲午に建ち、三終して復た甲寅の元を得。歲ごとに一辰を徙る。立春の後、其の辰を得て其の順ずる所に遷る。前三後五にして、百事舉ぐ可し。太陰の建つ所は、蟄蟲穴に首して處り、鵲は巢を鄉けて戶と爲す。太陰寅に在れば、朱烏は卯に在り、勾陳は子に在り、玄武は戌に在り、白虎は酉に在り、蒼龍は辰に在り。寅を建と爲し、卯を除と爲し、辰を滿と爲し、巳を平と爲し、生を主る。午を定と爲し、未を執と爲し、陷を主る。申を破と爲し、衡を主る。酉を危と爲し、杓を主る。
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『淮南子』天文訓斗杓を小歲と為し、正月寅に建ち、月ごとに左に從いて十二辰を行く。咸池を太歲と為し、二月卯に建ち、月ごとに右に從いて四仲を行き、終わりて復た始まる。太歲は迎うる者は辱められ、背く者は強く、左する者は衰え、右する者は昌んなり。小歲は東南すれば則ち生じ、西北すれば則ち殺す。迎う可からずして背く可きなり、左す可からずして右す可きなり。其れ此の謂いなり。大時なる者は、咸池なり。小時なる者は、月建なり。天維元を建つるは、常に寅を以て始起し、右に徙りて一歲にして移り、十二歲にして大いに天を周り、終わりて復た始まる。淮南元年の冬、太一は丙子に在り、冬至は甲午、立春は丙子なり。二陰一陽は氣二を成し、二陽一陰は氣三を成す。氣を合わせて音と為し、陰を合わせて陽と為し、陽を合わせて律と為す。故に五音六律と曰う。音は自ら倍して日と為り、律は自ら倍して辰と為る。故に日は十にして辰は十二なり。月は日に十三度と七十六分度の二十六を行き、二十九日と九百四十分日の四百九十九にして月と為し、十二月を以て歲と為す。歲に餘り十日と九百四十分日の八百二十七有り。故に十九歲にして七たび閏す。日は冬至に子午、夏至に卯酉。冬至に三日を加うれば、則ち夏至の日なり。歲ごとに六日を遷し、終わりて復た始まる。
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『淮南子』天文訓星部の地名は、角・亢は鄭、氐・房・心は宋、尾・箕は燕、斗・牽牛は越、須女は吳、虚・危は齊、營室・東壁は衛、奎・婁は魯、胃・昴・畢は魏、觜雟・參は趙、東井・輿鬼は秦、柳・七星・張は周、翼・軫は楚なり。歲星の居る所は、五穀豐昌なり。其の對を衝と爲し、歲乃ち殃有り。當に居るべくして居らず、越えて他處に之けば、主死し國亡ぶ。太陰春を治むれば則ち柔惠温涼を行わんことを欲し、太陰夏を治むれば則ち布施宣明ならんことを欲し、太陰秋を治むれば則ち脩備繕兵ならんことを欲し、太陰冬を治むれば則ち猛毅剛彊ならんことを欲す。三歲にして節を改め、六歲にして常を易う。故に三歲にして一たび饑え、六歲にして一たび衰え、十二歲にして一たび康し。