長短経 / 禁令
斬斷之後、萬事乃理。所以鄉人盜笠、吕蒙先涕而後斬。馬逸犯麥、曹公割髮而自刑。故太公曰、「刑上極、賞下通。」孫子曰、「法令孰行?賞罰孰明?以此知勝。」此之謂也
新字:斬断之後、万事乃理。所以郷人盗笠、呂蒙先涕而後斬。馬逸犯麦、曹公割髪而自刑。故太公曰、「刑上極、賞下通。」孫子曰、「法令孰行?賞罰孰明?以此知勝。」此之謂也
書き下し
斬断の後、万事乃ち理まる。所以に郷人笠を盗みて、呂蒙は先に涕して後に斬る。馬逸れて麦を犯し、曹公は髪を割きて自ら刑す。故に太公曰く「刑は上に極まり、賞は下に通ず」と。孫子曰く「法令孰れか行わる、賞罰孰れか明らかなる。此を以て勝つを知る」と。此の謂いなり。
現代語訳
禁令に従って処断した後で、すべての事が治まる。だから同郷の者が笠を盗んだとき、呂蒙はまず涙を流してから斬った。曹操は自分の馬が逃げて麦畑を荒らしたとき、髪を切って自らを罰した。だから太公望は「刑罰は上の者にまで及び、賞は下の者にまで届く」と言い、孫子は「法令はどちらがよく行われているか、賞罰はどちらが明らかか。これで勝敗がわかる」と言った。このことである。
解説
禁令の篇の結びは、規律を誰に対して、どう適用するかです。呂蒙は同郷の者が民の笠を盗んだとき、涙を流しながらも斬った。曹操は自分の馬が麦畑を荒らしたとき、自分の髪を切って罰の代わりとした。身内にも、自分自身にも例外を作らない。太公望の、刑は上まで届き賞は下まで届くという言葉がそれです。規律が信頼されるのは、ルールの厳しさではなく、上に立つ者も身内も同じように扱われるときなのです。
この章句が説くこと
禁令呂蒙曹操公平率先垂範信賞必罰
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