長短経 / 傲礼
《左傳》曰、“無傲禮。”《曲禮》曰、毋不敬。”然古人以傲為禮、其故何也?欲彰于人德者耳。何以言之?昔侯嬴為大梁夷門監、魏公子聞之、乃置酒大㑹、賔客坐定、公于從車騎、虗左、自迎夷門侯生。侯生引公子過市、及至家、以為上客。侯生謂公子曰、“今日嬴之為公子亦足矣。嬴乃夷門抱關者也、而公子親枉車騎。稠人廣衆之中、不宜有所過、今公子故過之。然嬴欲就公子之名、故久立公子車騎市中、以觀公子、公子愈恭。市人皆以嬴為小人、而以公子為長者、能下士也。〔初、公子迎侯生、侯生曰、“臣有客在市屠中、願枉車駕過之。”侯生下見其客朱亥、與之語、微察公子、公子色愈和。市人皆觀、從騎竊罵侯生、侯生視公子色終不變、乃謝客就車也。〕
新字:《左伝》曰、“無傲礼。”《曲礼》曰、毋不敬。”然古人以傲為礼、其故何也?欲彰于人徳者耳。何以言之?昔侯嬴為大梁夷門監、魏公子聞之、乃置酒大会、賓客坐定、公于従車騎、虚左、自迎夷門侯生。侯生引公子過市、及至家、以為上客。侯生謂公子曰、“今日嬴之為公子亦足矣。嬴乃夷門抱関者也、而公子親枉車騎。稠人広衆之中、不宜有所過、今公子故過之。然嬴欲就公子之名、故久立公子車騎市中、以観公子、公子愈恭。市人皆以嬴為小人、而以公子為長者、能下士也。〔初、公子迎侯生、侯生曰、“臣有客在市屠中、願枉車駕過之。”侯生下見其客朱亥、与之語、微察公子、公子色愈和。市人皆観、従騎窃罵侯生、侯生視公子色終不変、乃謝客就車也。〕
書き下し
左伝に曰く「礼を傲ること無かれ」と。曲礼に曰く「敬せざること毋かれ」と。然れども古人は傲を以て礼と為す。其の故は何ぞや。人の徳を彰さんと欲する者なるのみ。何を以て之を言う。昔、侯嬴は大梁の夷門の監たり。魏公子之を聞き、乃ち酒を置きて大いに会す。賓客坐定まり、公子は車騎を従え、左を虚しくして、自ら夷門の侯生を迎う。侯生、公子を引きて市を過ぎ、家に至るに及びて、以て上客と為す。侯生、公子に謂いて曰く「今日、嬴の公子の為にするも亦た足れり。嬴は乃ち夷門の抱関者なり。而して公子は親ら車騎を枉ぐ。稠人広衆の中、宜しく過る所有るべからず。今、公子故に之を過る。然れども嬴は公子の名を就さんと欲す。故に久しく公子の車騎を市中に立たしめて、以て公子を観しむ。公子愈々恭し。市人皆嬴を以て小人と為し、而して公子を以て長者にして、能く士に下ると為す」と。〔初め、公子侯生を迎うるに、侯生曰く「臣に客有りて市の屠中に在り。願わくは車駕を枉げて之に過れ」と。侯生下りて其の客朱亥に見え、之と語り、微かに公子を察す。公子の色愈々和す。市人皆観る。従騎竊かに侯生を罵る。侯生、公子の色の終に変ぜざるを視て、乃ち客を謝して車に就くなり。〕
現代語訳
『左伝』に「礼をおろそかにするな」とあり、『曲礼』に「敬わないことがあってはならない」とある。しかし昔の人は、傲慢を礼としたことがある。なぜか。人の徳を世に明らかにしようとしたからである。何によってそう言うか。昔、侯嬴は大梁の夷門の門番だった。魏の公子信陵君はこれを聞き、酒宴を開いて大勢の客を集めた。客が席に着くと、公子は車と騎馬を従え、左の上座を空けて、自ら夷門へ侯嬴を迎えに行った。侯嬴は公子を連れて市場に寄り、屋敷に着くと上客となった。侯嬴は公子に言った。「今日、私が公子のためにしたことはもう十分です。私は夷門の門番にすぎないのに、公子は自ら車と騎馬を曲げて迎えに来てくださった。人の多い中でわざわざ寄り道すべきではないのに、あえて寄り道させました。しかし私は公子の名を成したかったのです。だから長いこと公子の車と騎馬を市場の中に立たせて、人々に公子を見させました。公子はますます恭しかった。市場の人々は皆、私を小人だと思い、公子を士にへりくだることのできる立派な人だと思いました」。〔はじめ公子が侯嬴を迎えに来たとき、侯嬴は「私の客が市場の肉屋にいます。どうか車を回して寄ってください」と言った。侯嬴は車を降りてその客の朱亥に会って話し込み、ひそかに公子の様子をうかがった。公子の顔つきはますます和やかだった。市場の人々は皆見ていた。従者たちはひそかに侯嬴を罵った。侯嬴は公子の顔色が最後まで変わらないのを見て、ようやく客に別れを告げて車に乗った。〕
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
『驢鞍橋』卷上一日或る俗来て曰く、承り及ふ故に是れ迄伺候仕る、一句示し給へ。師曰く、一人虚を伝ふれば、万人実と伝ふとて何者かおどけ者有りて、正三こそ名誉者なれ抔といへば、末々に聞き伝へ、扨は空をも翅り、光をも放つか抔と思ひ、正三見物に来り、変も無き老人なるを見て、皆興を醒さるゝ也。誠に我何の変もなき土禅門也。只死度くも無き間、何とぞして殺さるゝ事有りとも、何とも思はす、頸を指出して自由に死ぬ程に成りたさに修する也。されとも死は置いて餓鬼畜生を出でぬ也。是れを出度く思ふ心は、何とも思はず居る者には增さるへき歟。別に人に增りたる事無し。其方も聞かんと思はゝ一向のしろうとに成りめさるへし。彼者、秘し給ふと思ひ弥示し給へと云ふ。師曰く、我仏法の能き事を知らず、只我悪敷事を能く知りたる也。我友に成り、出入めされば、何時も我処に有る餓鬼畜生を懺悔して聞かせ申すべし。実に是の外によき事を知らず、ひげして云ふかと思ひめされんずな。無間に沈むほうぞ知らぬ也。
-
言志四録・言志録 第二十五条 名を求むるも避くるも非心有りて名を求むるは、固より非なり。心有りて名を避くるも、亦非なり。
-
『酔古堂剣掃』集法・名高ければ稱ひ難し恩重ければ酬い難く、名高ければ稱ひ難し。
-
『酔古堂剣掃』集素・何ぞ必ずしも一の廉名を標さん廉は貪を懲らす所以なり、我果して貪らずんば、何ぞ必ずしも一の廉名を標して、以て貪夫の側目を來さん。 讓は爭ひを息むる所以なり、我果して爭はずんば、又た何ぞ必ずしも一の讓名を立てて、以て暴客の彎弓を致さん。
-
言志四録・言志後録 第百十八条 門面を装ふ勿れ門面を装ふ勿れ。家儅を陳ぶる勿れ。招牌を掲ぐる勿れ。他物を仮りて以て誇衒する勿れ。書して以て自ら警む。
-
『呻吟語』内篇・修身・名心盛んなる者は必ず偽を作す名心盛んなる者は必ず偽を作す。