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長短経 / 卑政

故聖人任道、以通其險。〔《淮南子》曰、「體道者逸而不窮、任數者勞而無功。離朱之明、察鍼於百歩之外、而不能見泉中之魚。師曠之聰、合八風之調、而不能聼十里之外。故任一人之能、不足以理三畆之宅、循道理之數、因天地之自然、則六合不足均也。」此任道以通其險也。〕

新字:故聖人任道、以通其険。〔《淮南子》曰、「体道者逸而不窮、任数者労而無功。離朱之明、察鍼於百歩之外、而不能見泉中之魚。師曠之聰、合八風之調、而不能聴十里之外。故任一人之能、不足以理三畆之宅、循道理之数、因天地之自然、則六合不足均也。」此任道以通其険也。〕

書き下し

故に聖人は道に任じて、以て其の険を通ず。〔淮南子に曰く「道を体する者は逸にして窮せず、数に任ずる者は労して功無し。離朱の明は、鍼を百歩の外に察するも、泉中の魚を見ること能わず。師曠の聡は、八風の調を合わするも、十里の外を聴くこと能わず。故に一人の能に任ずれば、以て三畝の宅を理むるに足らず。道理の数に循い、天地の自然に因れば、則ち六合も均しくするに足らざるなり」と。此れ道に任じて以て其の険を通ずるなり。〕

現代語訳

だから聖人は道に任せて、険しいところを通り抜ける。〔『淮南子』に言う。「道を体得した者は楽をしても行き詰まらず、小手先の術に頼る者は苦労しても功がない。離朱の視力は百歩先の針を見分けられても、泉の中の魚は見えない。師曠の聴覚は八方の風の調べを合わせられても、十里先の音は聞こえない。だから一人の能力に頼れば、三畝の屋敷さえ治めるのに足りない。道理の筋道に従い、天地の自然に基づけば、天下全体を治めるのも難しくない」。これが、道に任せて険しいところを通り抜けるということである。〕

解説

伝説的な視力の離朱も泉の中の魚は見えず、名楽師の師曠も十里先の音は聞こえない。どんな優れた個人の能力にも限界がある。一人の能力に頼れば小さな屋敷さえ治められないが、物事の道理と自然な流れに沿えば天下も治められる。淮南子は、小手先の術に頼る者は苦労して成果がなく、道を体得した者は楽をしても行き詰まらないと言う。個人の力を磨くより、力を生かす筋道を整えることが大切なのです。

この章句が説くこと

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