長短経 / 昏智
《後漢班固傳》評曰、「昔班固傷司馬遷云、『遷博物洽聞、不能以智免極刑。』然固身亦自䧟大戮。〔班固附竇氏勢、竇氏敗、固坐之、死洛陽獄中也。、〕可謂智及之而不能守。古人所以致論於目睫耶此皆昏於勢者也。〔議曰、夫班固傷遷、公論也。自䧟大戮、挾私也。夫心有私、而智不能守矣〕
新字:《後漢班固伝》評曰、「昔班固傷司馬遷云、『遷博物洽聞、不能以智免極刑。』然固身亦自陥大戮。〔班固附竇氏勢、竇氏敗、固坐之、死洛陽獄中也。、〕可謂智及之而不能守。古人所以致論於目睫耶此皆昏於勢者也。〔議曰、夫班固傷遷、公論也。自陥大戮、挟私也。夫心有私、而智不能守矣〕
書き下し
後漢の班固伝に評して曰く「昔、班固は司馬遷を傷みて云う『遷は博物洽聞なるも、智を以て極刑を免るること能わず』と。然れども固の身も亦た自ら大戮に陥る〔班固は竇氏の勢いに附き、竇氏敗れて、固之に坐し、洛陽の獄中に死すなり〕。智之に及ぶも守ること能わずと謂うべし。古人の論を目睫に致す所以か」と。此れ皆勢いに昏き者なり。〔議に曰く、夫れ班固の遷を傷むは、公論なり。自ら大戮に陥るは、私を挟むなり。夫れ心に私有れば、而して智も守ること能わず。〕
現代語訳
『後漢書』班固伝の評に言う。「昔、班固は司馬遷を悼んで『司馬遷は博識で広く聞き知っていたのに、その知恵で宮刑を免れることができなかった』と言った。ところが班固自身もまた大きな刑に陥った〔班固は外戚の竇氏の権勢に付き従い、竇氏が敗れるとそれに連座して洛陽の獄中で死んだ〕。知恵はそこまで届いていても、身を守ることができなかったと言うべきである。昔の人が、目は遠くを見ても自分のまつ毛は見えないと論じたのは、このためだろう」。これらは皆、権勢に心を曇らされた例である。〔論じて言う。班固が司馬遷を悼んだのは公の論であった。自ら大刑に陥ったのは私心を抱いたからである。心に私があれば、知恵も身を守れない。〕
解説
班固は、司馬遷ほどの博識でも身を守れなかったと批判しました。その班固が、外戚の権勢に取り入って結局獄死した。他人の失敗を見抜く知恵はあったのに、自分が同じ道を歩んでいることは見えなかった。目は遠くを見ても自分のまつ毛は見えない、という古人の言葉どおりです。趙蕤は、他人を論じるときは公の心だったが、自分のことでは私心が知恵を曇らせたと言います。評論する知恵と、自分を守る知恵は別物なのです。
この章句が説くこと
昏智班固司馬遷私心自己認識権勢
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