長短経 / 敗功
〔議曰、白起為秦坑趙降卒四十餘萬、使諸侯曲秦而合縱。夫坑趙降卒、非勝也、乃敗秦之機。商君詐魏、虜公子卬、使秦信不行于天下、乃自敗之兆、非伯業也。樂毅仗義、以下齊城、敗于即墨、非敗也、乃是吞天下之勢。劉備憐歸義之人、日行十數里、敗於長坂雖奔亡不暇、乃覇王之始。故知非伯者不能用敗。齊人以紫敗素、而其價十倍。此言雖小、可以喻大也。〕
新字:〔議曰、白起為秦坑趙降卒四十余万、使諸侯曲秦而合縦。夫坑趙降卒、非勝也、乃敗秦之機。商君詐魏、虜公子卬、使秦信不行于天下、乃自敗之兆、非伯業也。楽毅仗義、以下斉城、敗于即墨、非敗也、乃是呑天下之勢。劉備憐帰義之人、日行十数里、敗於長坂雖奔亡不暇、乃覇王之始。故知非伯者不能用敗。斉人以紫敗素、而其価十倍。此言雖小、可以喩大也。〕
書き下し
〔議に曰く、白起は秦の為に趙の降卒四十余万を坑にし、諸侯をして秦を曲として合縦せしむ。夫れ趙の降卒を坑にするは、勝ちに非ず、乃ち秦を敗るの機なり。商君は魏を詐り、公子卬を虜にし、秦の信をして天下に行われざらしむ。乃ち自ら敗るるの兆しにして、伯業に非ざるなり。楽毅は義に仗りて、以て斉の城を下し、即墨に敗る。敗に非ざるなり、乃ち是れ天下を呑むの勢いなり。劉備は帰義の人を憐れみ、日に行くこと十数里、長坂に敗る。奔亡に暇あらずと雖も、乃ち覇王の始めなり。故に知る、伯者に非ずんば敗を用うること能わず。斉人は紫を以て素を敗り、而して其の価十倍す。此の言小なりと雖も、以て大に喩うべきなり。〕
現代語訳
〔論じて言う。白起は秦のために趙の降伏兵四十万余りを生き埋めにし、諸侯に秦を不義として合従させた。降伏兵を生き埋めにしたのは勝利ではなく、秦を敗る機だった。商鞅は魏を欺いて公子卬を捕らえ、秦の信義が天下に通じなくなった。これは自ら敗れる兆しであって、覇業ではない。楽毅は義によって斉の城を落としたが、即墨で敗れた。これは敗北ではなく、天下を呑む勢いであった。劉備は自分を慕ってついてくる人々を憐れみ、一日に十数里しか進まず、長坂で敗れた。逃げるのに暇がないほどだったが、それこそ覇王の始まりであった。だから、覇者でなければ敗北を活かすことはできないとわかる。斉の人は紫に染めて白絹の傷みをごまかし、かえって値段が十倍になった。この話は小さいが、大きなことのたとえにできる。〕
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『長短経』臣行故に孫卿曰く『四世勝つ有るは、幸に非ざるなり、数なり』と。夫れ霸君の斉の桓・晋の文の若き者は、桓は柯の盟に倍かず、文は原の期に負かず。而して諸侯之を信ず。此れ管仲・咎犯の知謀なり。今、商君は公子卬の旧恩に倍き、魏に交わるの明信を棄て、詐りて三軍の衆を取る。故に諸侯は其の強きを畏れて、親信する莫きなり。藉し孝公をして斉の桓・晋の文に遇い、諸侯の統を得しめば、将に諸侯の君を合わせ、天下の兵を駆りて以て秦を伐たんとす。秦は則ち亡びん。天下に桓・文の君無し。故に秦は以て諸侯を兼ぬるを得たるなり。
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『長短経』敗功魏の将王昶・陳泰の兵敗る。大将軍以て己の過ちと為す〔魏人は将軍の過ちを引くに感じ、皆悦び、之に報いんことを思う〕。習鑿齒論じて曰く「司馬大将軍は二敗を引きて以て己の過ちと為し、過ち銷えて業昌ゆ。智と謂うべし」と。夫れ其の敗を忘れて下其の報いを思わば、康からざらんと欲すと雖も、其れ得べけんや。若し乃ち敗を諱み過ちを推し、咎を万物に帰すれば、上下心を離し、賢愚体を釈く。是れ楚は再び敗れて晋は再び克つ。謬れるの甚だしきなり。夫れ人君苟も斯の理を統ぶれば、行い失すと雖も名揚がり、兵挫くと雖も戦い勝つ。百敗すら猶お可なり、況んや再敗をや。此れ敗に因りて以て功を成すなり。故に知る、智者の事を挙ぐるや、禍に因りて福と為し、敗を転じて功と為すこと、古より然り。
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『長短経』敗功文子に曰く「功有りて仁義を離るる者は、即ち疑わる。罪有りて仁心を失わざる者は、必ず信ぜらる」と。故に仁義なる者は、天下の尊爵なり。何を以て之を言う。昔者、楚の共王疾有り。其の大夫を召して曰く「不穀は不徳にして、少くして社稷を主り、先君の緒を失い、楚国の師を覆す。不穀の罪なり。若し宗廟の霊を以て、首領を保ちて以て没するを得ば、請う、霊若しくは厲と為せ」と。大夫諸を許す。其の卒するに及び、子囊曰く「然らず。夫れ君に事うる者は、其の善に従い、其の過ちに従わず。赫赫たる楚国にして之に君臨し、南海を撫征し、訓は諸夏に及ぶ。其の寵大なり。是の寵有りて、其の過ちを知る。之を共と謂わざるべけんや」と。大夫之に従う。此れ過ちに因りて以て恭と為す者なり。
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『長短経』臣行〔議に曰く、黄石公称す「柔なる者は能く剛を制し、弱なる者は能く強を制す。柔なる者は徳なり、剛なる者は賊なり。柔なる者は人の助くる所、剛なる者は怨みの居る所なり」と。是の故に、紂の百たび克ちて卒に後無く、項羽の兵強くして終に天下を失う。故に隨何曰く「楚をして勝たしめば、則ち諸侯自ら危懼して相い救う。夫れ楚の強きは、適ま以て天下の兵を致すに足るのみ」と。是に由りて之を観れば、若し天下已に定まらば、一戦の勝ちに藉りて、之を詐るも可なり。若し海内紛紛として、雌雄未だ決せずして信義を天下に失わば、敗亡の道なり。七国の時に当たり、諸侯尚お強し。而るに白起は乃ち趙の降卒を坑にす。諸侯をして之を畏れて合縦せしむ。諸侯の合縦は、秦の利に非ず。戦い勝ちて反って敗ると為す。何晏の論は当たれり。〕
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『長短経』臣行是れを、能く四十万の命を裁すと雖も、而も適ま以て天下の戦いを強くするに足ると為す。一朝の功を要めんと欲して、乃ち更に諸侯の守りを堅くす。故に兵進みて自ら其の勢いを伐ち、軍勝ちて還って其の計を喪う。何となれば、設し趙の衆をして復た合せしめ、馬服をして更に生かしめば、則ち後日の戦いは必ず前日の対に非ざらん。況んや今、皆な天下をして後日と為さしむるをや。其の終に復た兵を邯鄲に加うるを聴さざる所以は、但だ平原の補縫を憂え、諸侯の救いの至るを患うるのみに非ず。徒だ之を諱みて言わざるのみ。但だ長平の事、秦人は十五以上、皆な戟を荷いて趙に向かえり。夫れ秦の強きを以てして、十五已上、死傷半ばを過ぐ。此れ趙を破るの功は小にして、秦を傷つくるの敗は大なりと為す。又た何ぞ奇と称せんや」と。
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『長短経』七雄略今、秦軍は趙軍を長平に破るも、時を以て遂げず。其の振懼に乗じて之を滅ぼさず、畏れて之を釈き、耕稼して以て蓄積を益すことを得しむ。孤を養い幼を長じて以て其の衆を益し、兵甲を繕理して以て其の強を益し、城池を増浚して以て其の固きを益す。主は節を折りて以て其の臣に下り、臣は体を推して以て死士に下る。平原の属に至るまで、皆妻妾をして行伍の間に補縫せしむ。臣民心を一にし、上下力を同じくすること、猶お句践の会稽に困しめる時のごときなり。今を以て之を伐たば、趙は必ず固守せん。其の軍に挑みて戦わんとするも、必ず肯えて出でず。其の国都を囲むも、必ず克つべからず。其の列城を攻むるも、必ず抜くべからず。郊野に掠むるも、必ず得る所無し。兵久しくして功無くんば、諸侯心を生じ、外救必ず至らん。臣は其の害を見て、未だ其の利を覩ず。又た病みて行くこと能わず」と。応侯慚じて退く。秦乃ち王齕をして将として趙を伐たしむ。楚・魏果たして之を救うなり。〕