長短経 / 運命
《易》曰、「有天道焉、有地道焉、有人道焉。」言其異也、「兼三才而兩之。」言其同也。故天地之道、有同有異。據其所以異、而責其所以同、斯則惑矣。守其所以同、而求其所以異、則取弊矣。遲速、深淺、變化錯乎其中、是故参差難得而均也。天、地、人、物之理莫不同之。故君子盡心焉、盡力焉、以邀命也。
新字:《易》曰、「有天道焉、有地道焉、有人道焉。」言其異也、「兼三才而両之。」言其同也。故天地之道、有同有異。拠其所以異、而責其所以同、斯則惑矣。守其所以同、而求其所以異、則取弊矣。遅速、深浅、変化錯乎其中、是故参差難得而均也。天、地、人、物之理莫不同之。故君子尽心焉、尽力焉、以邀命也。
書き下し
易に曰く「天道有り、地道有り、人道有り」と。其の異なるを言うなり。「三才を兼ねて之を両にす」と。其の同じきを言うなり。故に天地の道には、同じき有り異なる有り。其の異なる所以に拠りて、其の同じき所以を責むれば、斯れ則ち惑う。其の同じき所以を守りて、其の異なる所以を求むれば、則ち弊を取る。遅速・深浅、変化其の中に錯わる。是の故に参差して均しきを得難きなり。天・地・人・物の理、之に同じからざるは莫し。故に君子は心を尽くし、力を尽くして、以て命を邀うるなり。
現代語訳
『易』に「天の道があり、地の道があり、人の道がある」とあるのは、その違いを言っている。「天・地・人の三才を兼ねて、それぞれを二つにする」とあるのは、その同じところを言っている。だから天地の道には、同じところと違うところがある。違うところを根拠にして同じであることを求めれば惑うし、同じところにこだわって違いを求めれば弊害を招く。速い遅い、深い浅いの変化がその中に入り混じっている。だから不ぞろいで一律にはならない。天・地・人・物の道理は、皆そうである。だから君子は心を尽くし、力を尽くして、運命を迎えるのである。
解説
天の道と人の道には、同じところと違うところがある。だから天の動きと人の行いが、いつもぴったり対応するわけではない。報いが早い遅い、深い浅いの違いがあり、結果はそろわない。それでも趙蕤の結論は、あきらめではありません。心を尽くし力を尽くして、運命を迎えに行く。結果がそろわないからこそ、人にできることを全部やったうえで結果を受け止める。邀える、という言葉に、受け身ではない姿勢が込められています。
この章句が説くこと
運命易天地人尽力主体性不確実
関連する章句
-
孟子・盡心章句上孟子曰く、「文王を待ちて而る後に興る者は、凡民なり。夫の豪傑の士の若きは、文王無しと雖も猶ほ興る。」
-
葉隠・聞書第一決定(けつじょう)覚悟薄き時は、人に転(てん)ぜらるる事有り。又集会話(しゅうえばなし)の時分、気ぬけて居る故に、我が覚悟ならぬ事を、人の申し懸け話などするに、うかと移りて、それと同意に心得、挨拶も「いかにも」と云う事有り。脇より見れば、同意の人の様に思わるるなり。それに付、人に出会いて、片時(かたとき)も片時も気の脱けぬ様に有るべき事なり。その上、話し又は物を申し掛けられならば、その趣(おもむき)申すべしと思いて取り合うべし。差し立てたる事にてなくても、少しの事に違却(いきゃく)出來(いでく)るものなり。心を付くべし。又予(かね)ていかがと思う人には馴れ寄らぬがよし。何としても転ぜられ、引き入れらるるものなり。愛(あい)の憾(うら)みに成る事は、功を積まねばならぬ事なり。
-
孟子・告子章句上公都子問うて曰く、「鈞しく是れ人なり。或いは大人と為り、或いは小人と為るは、何ぞや。」孟子曰く、「其の大體に從えば大人と為り、其の小體に從えば小人と為る。」曰く、「鈞しく是れ人なり。或いは其の大體に從い、或いは其の小體に從うは、何ぞや。曰く、「耳目の官は思わずして、物に蔽わる。物、物に交われば、則ち之を引くのみ。心の官は則ち思う。思えば則ち之を得るも、思わざれば則ち得ざるなり。此れ天の我に與うる所の者、先づ其の大なる者を立つれば、則ち其の小なる者奪うこと能わざるなり。此れ大人為るのみ。」
-
論語・述而篇子曰わく、束脩以上を行う者に於いては、吾いまだ誨うること無からざるなり。
-
論語・衛霊公篇子曰く、「如之何、如之何と曰わざる者は、吾之を如何ともする末(な)きのみ。」
-
説苑・政理孔子の弟子に孔蔑という者有り、宓子賤と皆仕う。孔子往きて孔蔑に過り、之に問いて曰く、「子の仕えてより、何をか得たり、何をか亡えるや。」孔蔑曰く、「吾仕えてより未だ得る所有らず、而して亡う所の者三つ有り。曰く、王事襲なる若く、学焉んぞ習うことを得ん、是を以て学明らかなるを得ざるなり、亡う所の一なり。奉禄少しく鬻げ、鬻げども親戚に及ぶに足らず、親戚益疏んず、亡う所の二なり。公事急なること多く、死を弔い病を視るを得ず、是を以て朋友益疏んず、亡う所の三なり。」孔子説ばず、復た往きて子賤に見えて曰く、「子の仕えてより、何をか得たり、何をか亡えるや。」子賤曰く、「吾之仕えてより、未だ亡う所有らずして得る所の者三つあり。始め誦みし文、今履みて之を行う、是れ学日に益々明らかなり、得る所の一なり。奉禄少しく鬻ぐと雖も、鬻げども親戚に及ぶを得たり、是を以て親戚益々親しむ、得る所の二なり。公事急なりと雖も、夜勤め、死を弔い病を視る、是を以て朋友益々親しむ、得る所の三なり。」孔子子賤に謂いて曰く、「君子なるかな若きの人、君子なるかな若きの人。魯に君子無くば、斯れ焉んぞ斯を取らん。」