長短経 / 懼戒
後秦秦王苻生殺害忠良、秦人度于一時、如過百日。權翼乃説東海王堅曰、「今主上昏虐、天下離心。有徳者昌、無徳受殃、天之道也。」一旦有風塵之變、非君王而誰?神器業重、不可令他人取之。願君王行湯武之事、以從民心。」志堅然之、引為謀主、遂廢生、立堅為秦王。
新字:後秦秦王苻生殺害忠良、秦人度于一時、如過百日。権翼乃説東海王堅曰、「今主上昏虐、天下離心。有徳者昌、無徳受殃、天之道也。」一旦有風塵之変、非君王而誰?神器業重、不可令他人取之。願君王行湯武之事、以従民心。」志堅然之、引為謀主、遂廃生、立堅為秦王。
書き下し
後秦の秦王苻生、忠良を殺害す。秦人、一時を度ること、百日を過ぐるが如し。権翼乃ち東海王堅に説きて曰く「今、主上昏虐にして、天下心を離す。徳有る者は昌え、徳無き者は殃を受くるは、天の道なり。一旦風塵の変有らば、君王に非ずして誰ぞ。神器は業重し。他人をして之を取らしむべからず。願わくは君王、湯・武の事を行いて、以て民心に従え」と。堅之を然りとし、引きて謀主と為し、遂に生を廃し、堅を立てて秦王と為す。
現代語訳
後秦の秦王苻生は忠実で善良な臣を殺した。秦の人々は、ひとときを過ごすのが百日を過ごすように長く感じた。権翼は東海王苻堅に説いた。「いま主上は暗愚で残虐で、天下の心は離れています。徳ある者は栄え、徳なき者は災いを受けるのが天の道です。ひとたび変事が起きれば、君王でなくて誰が立ちましょう。天子の位は重い業です。他人に取らせてはなりません。どうか君王、湯王・武王のように事を行い、民の心に従ってください」。苻堅はもっともだとして権翼を謀の中心に迎え、ついに苻生を廃して苻堅が秦王に立った。
解説
暴君苻生の下で、民は一刻を百日のように感じていました。権翼は苻堅に、変事が起きれば誰かが必ず立つ、それを他人に取らせるなと迫ります。暴政の終わりはもう避けられない。問題は、誰がその後を引き受けるかだ。徳のない者が取れば、民はまた苦しむ。いずれ誰かが動くなら、徳のある者が先に動くべきだという論理です。変化が避けられないとき、傍観することは他人に未来を委ねることになるのです。
この章句が説くこと
懼戒権翼苻堅苻生民心先手
関連する章句
-
孫子・虚実篇孫子曰く、凡そ先に戦地に処して敵を待つ者は佚く、後に戦地に処して戦いに趨く者は労す。
-
『甲陽軍鑑』品第四十但それは主もたぬ大名の事、一万の人数を引まはせども、大将を持て其先をする人は、敵に向ひ余り遠慮だていかゞなり、其いはれは、いたらぬ者共侍大将の遠慮するを、敵におづると思ひめしつるゝ、そう軍が気遣ひをして敵におぢ、味かたの威勢よはくなるなり、則政公内衆も其味にて、氏康に度々にしまげられてこそありつらめ、と高坂が云へば、
-
尉繚子・戰威善く兵を用うる者は、能く人を奪いて人に奪われず。
-
葉隠・聞書第一鉄山(てつざん)、老後に申し候は、「取手は相撲には違い、一旦(いったん)下になりても、後に勝ちさえすれば済む事と心得罷(まか)り在り。近年存じ当たり候は、一旦下になりて居る時、若(も)し誰(だれ)ぞ取りさかえ候わば負けになるべし。始めに勝つが始終の勝ちなり。」と申され候由。
-
戦国策・或謂公仲或るひと公仲に謂いて曰く、「今一舉にして以て主に忠にし、國に便にし、身に利する可き有り、願わくは公の之を行わんことを。今天下散じて秦に事うれば、則ち韓最も輕んぜられん。天下合して秦を離るれば、則ち韓最も弱からん。合離の相續けば、則ち韓最も先に危うからん。此れ君國長民の大患なり。今公韓を以て先に秦に合すれば、天下之に隨わん、是れ韓天下を以て秦に事うるなり、秦の韓を德とすること厚し。韓天下と與に秦に朝すれども、獨り厚く德を取れば、公の之を行うの計、是れ其の主に於けるや至忠なり。天下秦に合せず、秦令すれども聽かざれば、秦必ず兵を起こして服せざるを誅せん。秦久しく天下と怨みを結び難を構え、兵決せず、韓士民を息めて以て其の亹を待たば、公の之を行うの計、是れ其の國に於けるや、大便なり。昔者周佼西周を以て秦に善くして、梗陽に封ぜられ、周啟東周を以て秦に善くして、平原に封ぜらる。今公韓を以て秦に善くすれば、韓の兩周に重きこと計る無く、秦の機を爭うや、周の時より萬なり。今公韓を以て天下に先んじて秦に合すれば、秦必ず公を以て諸侯と為し、以て明らかに天下に示さん、公の之を行うの計、是れ其の身に於けるや大利なり。願わくは公の務めを加えんことを。」
-
『呻吟語』内篇・修身・四つの與其暴戾の氣を抑ふるは、和平の心を養ふに若かず。既に溢るるの恩を裁つは、分外の望を絕つに若かず。後事の厚きを為すは、先事の簿きを施すに若かず。延年の藥を服するは、保身の方を守るに若かず。