長短経 / 三国権
〔初、張松、法正見備、備以私意接納、盡其慇懃因問蜀中兵器、府庫、人馬衆寡及諸要害、松等具為言之、又畫地圗、處置山川、由是盡知益州虚實。先主北到葭萌、未即討魯、厚樹恩徳以収衆心。明年、曹公征孫權、權呼先主自救。備乃從璋求萬兵及資寳、欲以東行救權、璋但許兵四千、其餘皆半給。備因激怒其衆曰、「吾為益州征強敵、師徒勤瘁、不遑寜居、今積帑藏之財、而恡於賞功、望士大夫為出死力戰、其可得乎?」乃召璋白水軍督楊懐、責以無禮、斬之。使黄忠等勒軍向璋。先主逕至關、質諸將士卒妻子。引兵從忠等進到涪、據其城。璋所遣将皆破敗也。〕即斬懐等、自葭萌而還取璋。
新字:〔初、張松、法正見備、備以私意接納、尽其慇懃因問蜀中兵器、府庫、人馬衆寡及諸要害、松等具為言之、又画地図、処置山川、由是尽知益州虚実。先主北到葭萌、未即討魯、厚樹恩徳以収衆心。明年、曹公征孫権、権呼先主自救。備乃従璋求万兵及資宝、欲以東行救権、璋但許兵四千、其余皆半給。備因激怒其衆曰、「吾為益州征強敵、師徒勤瘁、不遑寜居、今積帑蔵之財、而恡於賞功、望士大夫為出死力戦、其可得乎?」乃召璋白水軍督楊懐、責以無礼、斬之。使黄忠等勒軍向璋。先主逕至関、質諸将士卒妻子。引兵従忠等進到涪、拠其城。璋所遣将皆破敗也。〕即斬懐等、自葭萌而還取璋。
書き下し
〔初め、張松・法正、備に見ゆ。備、私意を以て接納し、其の慇懃を尽くす。因りて蜀中の兵器・府庫・人馬の衆寡及び諸々の要害を問う。松等具さに為に之を言い、又た地図を画き、山川を処置す。是に由りて尽く益州の虚実を知る。先主北のかた葭萌に到り、未だ即ち魯を討たず、厚く恩徳を樹てて以て衆心を収む。明年、曹公孫権を征し、権、先主を呼びて自ら救わしむ。備乃ち璋に従いて万兵及び資宝を求め、以て東行して権を救わんと欲す。璋は但だ兵四千を許し、其の余は皆半ば給す。備因りて其の衆を激怒せしめて曰く「吾は益州の為に強敵を征し、師徒勤瘁して、寧居するに遑あらず。今、帑蔵の財を積みて、而も賞功に吝かなり。士大夫の為に死力を出だして戦わんことを望むも、其れ得べけんや」と。乃ち璋の白水の軍督楊懐を召し、責むるに無礼を以てして、之を斬る。黄忠等をして軍を勒して璋に向かわしむ。先主径ちに関に至り、諸将士卒の妻子を質とす。兵を引きて忠等に従いて進みて涪に到り、其の城に拠る。璋の遣わす所の将、皆破敗するなり。〕即ち懐等を斬り、葭萌より還りて璋を取る。
現代語訳
〔はじめ、張松と法正が劉備に会ったとき、劉備は個人的な好意で迎え、丁重を尽くした。そして蜀の兵器、倉庫、人馬の多少、各地の要害を尋ねた。張松らは詳しく語り、地図を描いて山川の配置まで示した。これで劉備は益州の実情をすべて知った。劉備は北の葭萌に着いても、すぐには張魯を討たず、手厚く恩徳を施して人心をつかんだ。翌年、曹操が孫権を攻め、孫権は劉備に救援を求めた。劉備は劉璋に兵一万と物資を求め、東へ行って孫権を救おうとした。劉璋は兵四千だけを許し、ほかも半分しか与えなかった。劉備はそこで兵たちを怒らせて言った。「私は益州のために強敵を征し、兵は苦労して休む暇もない。それなのに蔵には財を積みながら、手柄への褒美を惜しむ。これで士大夫に死力を尽くして戦えと望めるだろうか」。そして劉璋の白水軍督楊懐を呼び出し、無礼を責めて斬った。黄忠らに軍を率いて劉璋に向かわせた。劉備はまっすぐ関所に至り、諸将と兵の妻子を人質に取った。兵を率いて黄忠らと涪に進み、その城に拠った。劉璋が送った将は皆敗れた。〕こうして楊懐らを斬り、葭萌から引き返して劉璋を攻めた。
解説

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