長短経 / 七雄略
陛下所以為藩扞及皇太子之所恃者、唯淮陽、代二國耳。代北邉匈奴、與强敵為隣、能自完則足矣、而淮陽之北大諸侯、厪如黑子之著面、適足以餌大國、不足以有所禁禦。方今之制、在陛下、而令子適足以為餌、豈可謂萬代利哉?
新字:陛下所以為藩扞及皇太子之所恃者、唯淮陽、代二国耳。代北邉匈奴、与強敵為隣、能自完則足矣、而淮陽之北大諸侯、厪如黒子之著面、適足以餌大国、不足以有所禁禦。方今之制、在陛下、而令子適足以為餌、豈可謂万代利哉?
書き下し
陛下の藩扞と為し、及び皇太子の恃む所の者は、唯だ淮陽・代の二国のみ。代は北のかた匈奴に辺し、強敵と隣を為す。能く自ら完くすれば則ち足れり。而して淮陽の大諸侯に比ぶるや、僅かに黒子の面に著くが如く、適に以て大国の餌と為るに足りて、以て禁禦する所有るに足らず。方今の制は陛下に在り、而して子をして適に以て餌と為らしむ。豈に万代の利と謂うべけんや。
現代語訳
陛下の守りの垣となり、皇太子が頼みとできるのは、淮陽と代の二国だけです。代は北で匈奴と境を接し、強敵と隣り合っています。自分を守りきれれば十分というところです。一方、淮陽は周りの大諸侯に比べれば、顔についたほくろほどの大きさしかなく、大国の餌になるのがせいぜいで、抑えにはなりません。いま制度を決めるのは陛下なのに、ご自分の子をわざわざ餌にしている。どうしてこれを万代の利と言えましょう。
解説
賈誼は、皇帝を守るはずの身内の国がどれだけ頼りないかを示します。一つは匈奴との国境で手一杯、もう一つは周りの大国に比べてほくろほどの大きさしかない。守りどころか、大国に最初に食べられる餌になっている。そして、その配置を決めたのは陛下自身だと指摘します。守りの仕組みを作ったつもりで、実際には弱点を並べているだけということは、組織でもよく起こります。
この章句が説くこと
七雄略賈誼藩屏配置弱点守り
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