長短経 / 七雄略
雍門周曰、「臣竊為足下有所常悲、夫角帝而困秦者、君也、連五國而伐楚者、又君也。天下未嘗無事、不縱即衡、縱成則楚王、衡成則秦帝。夫以秦楚之强、而報弱薛、猶磨蕭斧而伐朝菌也。有識之士、莫不為足下寒心。天道不常盛、寒暑更進退、千秋萬嵗之後、宗廟不必血食、高臺既已傾、曲池又已平、墳墓生荆棘、狐狸穴其中、逰兒、牧竪蹢躅其足而歌其上、曰、夫以孟嘗君之尊貴、亦猶若是乎。」於是孟嘗君喟然太息、涕垂睫而交下、雍門周引琴而彈之、孟嘗君遂歔欷而就之曰、「先生鼓琴、令文若亡國之人也。」〕
新字:雍門周曰、「臣窃為足下有所常悲、夫角帝而困秦者、君也、連五国而伐楚者、又君也。天下未嘗無事、不縦即衡、縦成則楚王、衡成則秦帝。夫以秦楚之強、而報弱薛、猶磨蕭斧而伐朝菌也。有識之士、莫不為足下寒心。天道不常盛、寒暑更進退、千秋万歳之後、宗廟不必血食、高台既已傾、曲池又已平、墳墓生荆棘、狐狸穴其中、遊児、牧竪蹢躅其足而歌其上、曰、夫以孟嘗君之尊貴、亦猶若是乎。」於是孟嘗君喟然太息、涕垂睫而交下、雍門周引琴而弾之、孟嘗君遂歔欷而就之曰、「先生鼓琴、令文若亡国之人也。」〕
書き下し
雍門周曰く「臣、竊かに足下の為に常に悲しむ所有り。夫れ帝に角して秦を困しめし者は、君なり。五国を連ねて楚を伐ちし者も、又た君なり。天下、未だ嘗て事無からず。縦ならずんば即ち衡なり。縦成れば則ち楚王たり、衡成れば則ち秦帝たり。夫れ秦・楚の強きを以て、弱薛に報ゆるは、猶お蕭斧を磨きて朝菌を伐つがごときなり。有識の士、足下の為に寒心せざるは莫し。天道は常には盛んならず、寒暑は更々進退す。千秋万歳の後、宗廟必ずしも血食せず。高台は既に已に傾き、曲池は又た已に平らかならん。墳墓に荊棘を生じ、狐狸、其の中に穴す。遊児・牧竪、其の足を蹢躅して其の上に歌いて曰わん、夫れ孟嘗君の尊貴を以てするも、亦た猶お是くの若きかと」と。是に於て孟嘗君、喟然として太息し、涕、睫に垂れて交々下る。雍門周、琴を引きて之を弾ず。孟嘗君、遂に歔欷して之に就きて曰く「先生の琴を鼓するは、文をして亡国の人の若くならしむ」と。〉
現代語訳
雍門周は言った。「私はひそかにあなたのために常に悲しむことがあります。帝位を争って秦を苦しめたのはあなたです。五国を連ねて楚を伐ったのもあなたです。天下に事がなかったことはない。縦でなければ横です。縦が成れば楚が王となり、横が成れば秦が帝となる。秦や楚の強さで弱い薛に報復するのは、よく研いだ斧で一日で枯れる菌を伐つようなものです。見識のある士で、あなたのために肝を冷やさない者はいない。天の道は常に盛んではなく、寒さと暑さは代わる代わる進退する。千年万年の後、宗廟は必ずしも祀られない。高台はすでに傾き、曲がった池も平らになる。墓に茨が生え、狐や狸が穴を掘る。遊ぶ子どもや牛飼いの子が足を踏み鳴らしてその上で歌うでしょう。孟嘗君ほどの尊貴な方でも、やはりこうなるのかと」。そこで孟嘗君は深く息をつき、涙がまつ毛に溜まって流れ落ちた。雍門周は琴を引き寄せて弾いた。孟嘗君はすすり泣いて近づき、言った。「先生の琴は、私を亡国の人のような気持ちにさせる」。〉
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『長短経』七雄略昔、雍門周、琴を以て斉の孟嘗君に見ゆ。孟嘗君曰く「先生の琴を鼓するは、亦た能く人をして悲しましむるか」と。対えて曰く「臣の能く悲しましむる所の者は、先に貴くして後に賤しく、昔は富みて今は貧しく、窮巷に擯圧せられ、四隣に及ばざる者なり。身材高妙にして、質を懐き真を抱くも、讒に逢い謗に離り、怨み結ぼれて伸ぶるを得ざる者に若かず。歓を交え愛を結び、怨み無くして生きながら離れ、遠く他国に赴きて、相い見ゆる期無き者に若かず。幼くして父母無く、壮にして妻児無く、出でては野沢を以て都と為し、入りては窟穴を用て家と為し、朝夕に困しみ、假貸する所無き者に若かず。此くの若き人は、但だ鶵鳥の号、秋風の条を鳴らすを聞けば、則ち心を傷ましむ。臣、一たび之が為に琴を援きて長太息すれば、未だ悽惻して涕泣せざる者有らざるなり。
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説苑・善說雍門子周琴を以て孟嘗君に見ゆ。孟嘗君曰く、「先生琴を鼓するも亦た能く文をして悲しましむるか。」雍門子周曰く、「臣何ぞ獨り能く足下をして悲しましめんや。臣の能く悲しましむる所の者は、先に貴くして後に賤しく、先に富みて後に貧しき者有るなり。身材高妙にして、適々暴亂無道の主に遭い、妄りに不道の理を加えらるるに若かず。勢い隱絕に處り、四鄰に及ばず、詘折儐厭して窮巷に襲われ、告愬する所無きに若かず。交歡相愛して怨無くして生離し、遠く絕國に赴きて、復た相見るの時無きに若かず。少くして二親を失い、兄弟別離し、家室足らず、憂蹙盈つに若かず。是の時に當りては、固より飛鳥疾風の聲を聞くべからず、窮窮焉として固より樂しみ已む無し。凡そ是くの若き者は、臣一たび之が爲に徽膠して琴を援き長太息すれば、則ち流涕衿を沾さん。今足下の若きは千乘の君なり。居れば則ち廣廈邃房、羅帷を下し、清風を來し、倡優侏儒前に處りて選進して諂諛す。燕すれば則ち象棋を鬥わし鄭女を舞わせ、激楚の切風、色を練りて目を淫し、聲を流して耳を虞ましむ。水に遊べば則ち方舟を連ね、羽旗を載せ、鼓吹して測られざるの淵にす。野に遊べば則ち馳騁弋獵して平原廣囿にし、猛獸を格つ。入れば則ち鍾を撞き鼓を擊ちて深宮の中にす。此の時に方りては、天地を視ること曾て一指の若からず、死と生とを忘る。善く琴を鼓す者有りと雖も、固より未だ能く足下をして悲しましめざるなり。」孟嘗君曰く、「否否、文固より以て然らずと爲す。」雍門子周曰く、「然れども臣の足下の爲に悲しむ所の者は一事なり。夫れ聲帝に敵し秦を困しむる者は君なり。五國の約を連ね、南面して楚を伐つ者も又た君なり。天下未だ嘗て事無きにあらず、從せずんば則ち橫し、從成れば則ち楚王たり、橫成れば則ち秦帝たり。楚王秦帝は、必ず讎を薛に報いん。夫れ秦楚の彊きを以て讎を弱薛に報いんこと、之を譽うれば猶お蕭斧を摩して朝菌を伐つがごとし、必ず行を留めじ。天下識有るの士、足下の爲に寒心酸鼻せざる無き者なり。千秋萬歲の後、廟堂必ず血食せざらん。高臺既に以て壞れ、曲池既に以て漸り、墳墓既に以て下りて青廷とならん。嬰兒豎子樵採薪蕘する者、其の足を蹢躅して其の上に歌う。眾人之を見て、愀焉として足下の爲に之を悲しまざる無く曰く、『夫れ孟嘗君の尊貴を以て乃ち此くの若からしむべけんや。』」是に於て孟嘗君泫然として泣涕す。承睫にして未だ殞ちず。雍門子周琴を引きて之を鼓す。徐に宮徵を動かし、微かに羽角を揮い、切終りて曲を成す。孟嘗君涕浪汗として增し、欷きて之に就きて曰く、「先生の琴を鼓するは、文をして破國亡邑の人の若く立たしむ。」
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『長短経』七雄略今、足下は居れば則ち広厦高堂、闥を連ね房に洞し、羅帷、清風を来たす。倡優は前に在り、諂諛は側に在り。激楚を揚げ、鄭妾を舞わしめ、声を流して以て耳を娯しませ、綵色もて以て目を淫す。水嬉すれば則ち龍舟を舫べ、羽旗鼓を建て、不測の淵に釣る。野遊すれば則ち平原に登り、広囿を馳せ、強弩もて高鳥を下し、勇士もて猛獣を格し、酒を置き楽を設け、沈酔して帰るを忘る。此の時に方りて、天地を視ること曽て一指に若かず。善く琴を鼓する有りと雖も、足下を動かす能わざるなり」と。孟嘗君曰く「固より然り」と。
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『長短経』七雄略〈白起、兵を将いて来たりて楚を伐つ。楚の襄王、黄歇をして秦の昭王に説かしめて曰く「天下、秦・楚より強きは莫し。今、則ち聞く、大王、楚を伐たんと欲すと。此れ猶お両虎相い与に闘いて、駑犬、其の弊を受くるがごとし。楚を善くするに如かず。臣請う、其の説を言わん。臣、之を聞く、物、至れば則ち反る。冬夏、是なり。智、至れば則ち危うし。累碁、是なり。今、大国の地は、天下に半ばし、三垂を有つ。此れ生人より已来、万乗の地、未だ嘗て有らざるなり。王、若し能く公を持し威を守り、攻伐の心を黜け、仁義の徳を肥やさば、則ち三王も四とするに足らず、五覇も六とするに足らざるなり。王、若し人徒の衆きを負み、兵革の強きを挟み、力を以て天下の主を臣とせんと欲せば、臣、其の患い有らんことを恐るるなり。詩に云う『初め有らざるは靡し。克く終わり有るは鮮し』と。易に曰く『狐、水を渉り、其の尾を濡らす』と。此れ始めの易くして終わりの難きを言うなり。
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『長短経』七雄略〈蘇秦、閔王に説きて曰く「臣聞く、兵を用いて人に先んずるを喜ぶ者は憂い、結を約して怨みを主るを喜ぶ者は孤なり。夫れ後れて起こる者は、藉なり。而して怨みを遠ざくる者は、時なり。故に語に曰く『騏驥の衰うるや、駑馬之に先んず。孟賁の倦むや、女子之に勝つ』と。夫れ駑馬・女子の筋骨の力の勁きは、騏驥・孟賁より賢れるに非ざるなり。何となれば、後れて起こるの藉なり。臣聞く、戦攻の道は、師に非ざる者、百万の軍有りと雖も、之を堂上に北がしめ、闔閭・呉起の将有りと雖も、之を戸内に擒にし、千丈の城、之を樽俎の間に抜き、百尺の衝、之を席上に折る、と。故に鐘鼓竽瑟の音絶えずして、地は広む可く欲は成る可し。和楽倡優の笑い乏しからずして、諸侯は日を同じくして致す可し。故に夫れ善く王業を為す者は、天下を労して自ら佚し、天下を乱して自ら安んずるに在り。諸侯に成謀無ければ、則ち国に宿憂無きなり。
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『長短経』七雄略諸侯、地の弱く食の寡なきを料らずして、縦人の甘言好辞を聴く。比周して以て相い飾り、其の主を誑誤す。此に過ぐるは無し。大王、秦に事えずんば、秦、甲を下して宜陽に拠り、韓の地を断たん。東のかた成皋・滎陽を取らば、則ち鴻台の宮、桑林の苑は、王の有に非ざるなり。夫れ成皋を塞ぎ、上地を絶たば、則ち王の国は分かれん。故に大王の為に計るに、秦の為にするに如くは莫し。秦の欲する所、弱むるは楚に如くは莫し。而して能く楚を弱むる者は韓に如くは莫し。韓の能く楚より強きを以てするに非ず。其の勢い然るなり。今、西面して秦に事え、以て楚を攻めば、秦王必ず喜ばん。夫れ楚を攻めて其の地を私し、禍を転じて秦を悦ばす。計、此より便なるは無し」と。宣王、之を聴く。