長短経 / 覇図
王將從之。孟琮曰、「化及率思歸之衆、其鋒不可當、李宻英雄、勇畧不世、非宻無以滅化及、且襲之不得、復生一化及。臣請說以利害、示以大節、使為元戎、以除凶祲、徐議其後、未為晩焉王曰、「善。」
新字:王将従之。孟琮曰、「化及率思帰之衆、其鋒不可当、李密英雄、勇略不世、非密無以滅化及、且襲之不得、復生一化及。臣請説以利害、示以大節、使為元戎、以除凶祲、徐議其後、未為晩焉王曰、「善。」
書き下し
王、将に之に従わんとす。孟琮曰く「化及は帰るを思うの衆を率う。其の鋒、当たる可からず。李密は英雄にして、勇略は不世なり。密に非ずんば以て化及を滅ぼす無し。且つ之を襲いて得ずんば、復た一化及を生ぜん。臣請う、説くに利害を以てし、示すに大節を以てし、元戎と為して、以て凶祲を除かしめん。徐ろに其の後を議するも、未だ晩からずと為さん」と。王曰く「善し」と。
現代語訳
越王はこれに従おうとした。孟琮が言った。「宇文化及は帰りたがっている兵を率いています。その矛先は受け止められません。李密は英雄で、勇と計略は世に類がない。李密でなければ宇文化及を滅ぼせません。それに襲って失敗すれば、もう一人の宇文化及を生むことになる。私は利害を説き、大きな節義を示して、李密を総大将として凶悪な気を除かせたい。その後のことをゆっくり議しても遅くはありません」。越王は「もっともだ」と言った。
解説
孟琮の反論は二点です。李密でなければ宇文化及は倒せないこと、そして襲って失敗すれば敵がもう一人増えること。強い敵を別の強い敵にぶつける古典的な策です。順序をつけて、一つずつ処理する。張守一の案と比べると、成功したときの取り分は小さいが、失敗したときの損も小さい。安全側の選択でした。失敗したときの被害の大きさで選ぶ、という基準もあります。
この章句が説くこと
覇図孟琮越王侗李密宇文化及順序
関連する章句
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『長短経』覇図孟琮、東のかた密に説きて曰く「明公は烏合の卒を以て、王城に密邇す。徳を慕うの人罕に、山沢の固き無し。兵法に所謂『四分五裂』、特に忌む所なり。今、東に化及の師有り、西に東都の衆有り。来たりて化及を拒がば、則ち王師、其の後を襲わん。東都に備えて行かずんば、則ち化及の師、日に至らん。是に於て六軍、洛口に屯し、化及、武牢に下らば、誠に恐らくは転旋するに暇あらず、敗亡已に及ばん。今、皇帝は世宗成帝の子、世祖明帝の孫なり。累世の資を以て、楽推の運に当たる。士馬百万、旧都を拠有す。宇文化及は懐音蔑聞、親ら梟獍を行う。主人は戈を枕にして旦を待ち、将卒は力を蓄えて明を待つ。将軍、誠に能く率先して行を啓き、凶暴を誅鋤せば、則ち盤石の安き有り、累卵の危うき無からん。晋文は祛を斬るを捨て、斉桓は鈎を射るを置く。況んや主上の聖哲は天よりし、寛和にして衆を容るるをや。疇昔の失を以て、皇帝に望を過つこと勿かれ。狐裘羔袖、将軍、焉を択べ」と。密、初め張守一の謀を聞きて、大いに懼る。琮の至るに及び、大いに悦ぶ。記室李儉をして朝せしむ。越王大いに悦び、密を拝して太尉魏国公と為す。〉
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『長短経』覇図六月、宇文化及、江都より彭城に至り、黎陽に拠り、許と称す。李密、大軍を率いて、清淇に壁す。敦煌の張守一、密の化及を拒ぐを聞き、越王に説きて以て討たしめんとす。越王、其の策を用いず、孟琮の計を用い、密と連和す。〈張守一、説きて曰く「臣聞く、鴻鵠の翮、未だ就らざるに、冲天の情、已に萌し、武豹の文、未だ備わらざるに、食牛の心、已に成る、と。今、陛下、全周の地に拠り、河を背にし洛に面し、帯甲十万、粟は数十年を支う。此れ覇王の資なり。翮の成り文の備わるを待つの勢いに非ざるなり。城を固めて自ら守り、済世を以て心と為さざるは、何ぞ夫の群蟻の一穴に嬰るに異ならんや。竊かに陛下の為に取らず」と。
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