長短経 / 適変
動者揺、靜者安、名自名也、事自定也。〔議曰、尸子》曰、「治水潦者、禹也、播五榖者、后稷也、聽訟折衷者、臯陶也、舜無為也、而為天下父母。」此則名自名也。太公謂文王曰、「天有常形、人有常生、與天人共其生者、而天下靜矣。」此則事自定也。〕
新字:動者揺、静者安、名自名也、事自定也。〔議曰、尸子》曰、「治水潦者、禹也、播五穀者、后稷也、聴訟折衷者、皋陶也、舜無為也、而為天下父母。」此則名自名也。太公謂文王曰、「天有常形、人有常生、与天人共其生者、而天下静矣。」此則事自定也。〕
書き下し
動く者は揺れ、静かなる者は安し。名は自ら名づくるなり、事は自ら定まるなり。〈議に曰く、尸子に曰く「水潦を治むる者は禹なり。五穀を播く者は后稷なり。訟を聴きて中を折る者は皋陶なり。舜は無為にして、天下の父母と為る」と。此れ則ち名は自ら名づくるなり。太公、文王に謂いて曰く「天に常形有り、人に常生有り。天人と其の生を共にする者は、天下静かならん」と。此れ則ち事は自ら定まるなり。〉
現代語訳
動く者は揺れ、静かな者は安らかである。名はおのずと名づけられ、事はおのずと定まる。〈議していう。尸子にこうある。「治水をしたのは禹である。五穀を播いたのは后稷である。訴訟を聴いて公平に裁いたのは皋陶である。舜は何もせずに、天下の父母となった」。これが名はおのずと名づけられるということである。太公望が文王に言った。「天には定まった形があり、人には定まった生き方がある。天と人とその生を共にする者があれば、天下は静かになる」。これが事はおのずと定まるということである。〉
解説
舜は何もしていないのに天下の父母と呼ばれました。治水は禹、農事は后稷、裁判は皋陶。実務は全部他の人がやっています。それでも舜の名は自然に定まった。名をつけようとせずに名がつくのは、適材が適所で働いている状態そのものが評価になるからです。自分の功績を数え上げようとする人ほど、名が定まらないという逆説が裏にあります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
適変法家名実舜無為尸子
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呂氏春秋・審分⑥今、此に人有り、牛を求むるに則ち馬と名び、馬を求むるに則ち牛と名べば、求むる所必ず得ず。而るに因りて威怒を用うれば、有司必ず誹怨し、牛馬必ず擾亂す。百官は、衆有司なり。萬物は、群牛馬なり。其の名を正さず、其の職を分かたずして、數々刑罰を用うれば、亂焉より大なるは莫し。夫れ說くに智通を以てして實たすに遇悗を以てし、譽むるに高賢を以てして充つるに卑下を以てし、贊するに潔白を以てして隨うに汙德を以てし、任ずんるに公法を以てして處るに貪枉を以てし、用うるに勇敢を以てして堙つるに罷怯を以てす。此の五者は、皆牛を以て馬と為し、馬を以て牛と為す、名正しからざるなり。故に名正しからざれば、則ち人主、憂勞勤苦して、官職、煩亂悖逆す。國の亡ぶるや、名の傷わるるや、此れ從り生ず。之を白くせんとして顧って黑を益し、之を求めんとして愈々得ざるは、其れ此の義か。故に至治の務は、名を正すに在り。名正しければ則ち人主、憂勞せず。憂勞せざれば則ち其の耳目の主を傷わず。問いて詔げず、知りて為さず、和して矜らず、成して處らず。止まる者は行らしめず、行る者は止めず、形に因りて之に任ず。物に制せられず、肯て使と為ること無く、清靜にして以て公、神は六合に通じ、德は海外に耀き、意は無窮に觀れ、譽は無止に流る。此を之れ性を大湫に定むと謂う。之を命づけて無有と曰う。故に路を得て人を忘るれば、乃ち大いに人を得るなり、夫れ其れ道とするに非ずや。德を知り知を忘るれば、乃ち大いに知を得るなり。夫れ其れ德とするに非ずや。至知は幾せず、靜なれば乃ち幾を明らかにするなり。夫れ其れ明ならずや。大明は小事せず。假なれば乃ち事を理むるなり。夫れ其れ假ならずや。莫人は能くせず、全ければ乃ち能を備うるなり。夫れ其れ全からずや。是の故に全に於いては能を去り、假に於いては事を去り、知に於いては幾を去れば、知る所の者は妙たり。此くの若くなれば、則ち能く其の天に順い、意氣は寂寞の宇に游ぶことを得、形性は自然の所に安んずることを得。萬物を全くして宰せず、澤は天下を被いて、其の自りて始まる所を知ること莫し。五者を備えずと雖も、其の之を好む者は是なり。
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