長短経 / 適変
古之人未知為衣服、時衣皮帶茭、冬則不輕而煖、夏則不輕而凊聖王以為不中人之情、故聖人作、誨婦人、以為人衣。為衣服之法、冬則練帛、足以為輕煖、夏則絺綌、足以為輕凊謹此則止、非以榮耳目、觀於人也。是以其人用儉約而易治、其君用財節而易贍也。當今之王、其為衣服、則與此異矣。必厚斂於百姓、以為文彩靡曼之衣、鑄金以為鈎珠玉以為佩。由此觀之、其為衣服、非為身體、皆為觀好也。是以其人淫僻而難治、其君奢侈而難諌。夫以奢侈之君、御淫僻之人、欲國無亂、不可得也。為衣服不可不節。」〔議曰、此節衣服也。〕
新字:古之人未知為衣服、時衣皮帯茭、冬則不軽而煖、夏則不軽而凊聖王以為不中人之情、故聖人作、誨婦人、以為人衣。為衣服之法、冬則練帛、足以為軽煖、夏則絺綌、足以為軽凊謹此則止、非以栄耳目、観於人也。是以其人用倹約而易治、其君用財節而易贍也。当今之王、其為衣服、則与此異矣。必厚斂於百姓、以為文彩靡曼之衣、鋳金以為鈎珠玉以為佩。由此観之、其為衣服、非為身体、皆為観好也。是以其人淫僻而難治、其君奢侈而難諌。夫以奢侈之君、御淫僻之人、欲国無乱、不可得也。為衣服不可不節。」〔議曰、此節衣服也。〕
書き下し
古の人、未だ衣服を為るを知らず、時に皮を衣て茭を帯ぶ。冬は則ち軽からずして煖かく、夏は則ち軽からずして凊し。聖王以為えらく人の情に中らずと。故に聖人作りて、婦人に誨えて、以て人の衣を為らしむ。衣服を為るの法は、冬は則ち練帛、以て軽煖を為すに足り、夏は則ち絺綌、以て軽凊を為すに足る。此に謹みて則ち止み、以て耳目を栄えしめ人に観せしむるに非ざるなり。是を以て其の人は倹約を用いて治め易く、其の君は財を用うるに節して贍し易きなり。当今の王、其の衣服を為るは、則ち此と異なる。必ず百姓に厚く斂めて、以て文彩靡曼の衣を為り、金を鋳て以て鈎を為り、珠玉以て佩を為る。此に由りて之を観れば、其の衣服を為るは、身体の為に非ず、皆な観好の為なり。是を以て其の人は淫僻にして治め難く、其の君は奢侈にして諫め難し。夫れ奢侈の君を以て、淫僻の人を御して、国に乱無からんと欲するは、得可からざるなり。衣服を為るには節せざる可からず」と。〈議に曰く、此れ衣服を節するなり。〉
現代語訳
昔の人は衣服の作り方を知らず、毛皮を着て藁を帯にしていた。冬は軽くはないが暖かく、夏は軽くはないが涼しかった。聖王はこれが人の情に合わないと考えた。そこで聖人が現れて婦人に教え、人の衣を作らせた。衣服を作る決まりは、冬は練絹で軽く暖かければ足り、夏は葛布で軽く涼しければ足りる。ここで止めて、目を楽しませ人に見せるためには作らない。だからその民は倹約して治めやすく、その君主は財の使い方に節度があって賄いやすい。いまの王が衣服を作るのはこれと違う。必ず民から厚く取り立てて、模様の美しい柔らかな衣を作り、金を鋳て帯留めを作り、珠玉で佩び玉を作る。ここから見れば、その衣服を作るのは身体のためではなく、みな見栄えのためである。だからその民はみだらで治めにくく、その君主は奢って諫めにくい。奢った君主が、みだらな民を御して、国に乱れがないようにと望んでも、できるわけがない。衣服を作るには節度がなければならない」。〈議していう。これが衣服を節するということである。〉
解説

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『墨子』節用上聖人、一國に政を為さば、一國、倍す可きなり。之を大にして天下に政を為さば、天下、倍す可きなり。其の之を倍するは、外に地を取るに非ざるなり。其の國家に因りて、其の無用を去れば、以て之を倍するに足る。聖王の政を為すや、其の令を發し事を興し、民を便にし財を用うるや、用を加えずして為す者無し。是の故に財を用うるに費えず、民の徳、勞せずして、其の利を興すこと多し。
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『墨子』辭過古の民、未だ衣服を為るを知らざる時、皮を衣、茭を帶び、冬は則ち輕からずして温かならず、夏は則ち輕からずして凊しからず。聖王、以て人の情に中らずと為す。故に婦人に誨えて絲麻を治め役し、布絹を捆ちて、以て民の衣を為らしむ。衣服を為るの法は、冬夏には則ち練帛の飾り、以て温かにして且つ清きを為すに足り、謹んで此に止まる。故に聖人の衣服を為るは、身體に適い肌膚に和して足れりとし、耳目を榮えしめて愚民に觀せしむるに非ざるなり。是の時に當たりて、堅車良馬も貴ぶを知らざるなり、刻鏤文采も喜ぶを知らざるなり。何となれば則ち、其の道く所、然らしむればなり。故に民の衣食の財、家、以て旱水凶饑を待つに足る者は、何ぞや。其の自ら養う所以の情を得て、外に感ぜざればなり。是を以て其の民は儉にして治め易く、其の君は財を用うること節にして贍らし易きなり。府庫は實ち滿ち、以て不然を待つに足る。兵革は頓れず、士民は勞れず、以て不服を征するに足る。故に霸王の業、天下に行う可し。
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『晏子春秋』問下・叔向問意孰為高行孰為厚晏子對以愛民樂民/叔向問嗇吝愛之于行何如晏子對以嗇者君子之道叔向、晏子に問いて曰く、「意は孰れか高しと為し、行いは孰れか厚しと為す」と。対えて曰く、「意は民を愛するより高きは莫く、行いは民を楽しましむるより厚きは莫し」と。又問いて曰く、「意は孰れか下しと為し、行いは孰れか賤しと為す」と。対えて曰く、「意は民を刻するより下きは莫く、行いは身を害するより賤しきは莫し」と。叔向、晏子に問いて曰く、「嗇・吝・愛の行いに於ける何如」と。晏子対えて曰く、「嗇なる者は、君子の道なり。吝愛なる者は、小人の行いなり」と。叔向曰く、「何の謂いぞ」と。晏子曰く、「財の多寡に称いて之を節用し、富みて金蔵無く、貧しくして貸を仮らざる、之を嗇と謂う。積むこと多くして人に分かつ能わず、而して厚く自ら養う、之を吝と謂う。人に分かつ能わず、又自ら養う能わざる、之を愛と謂う。故に夫れ嗇なる者は、君子の道なり。吝愛なる者は、小人の行いなり」と。
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『墨子』辭過子墨子曰く、古の民、未だ宫を為るを知らざる時、陵阜に就きて以て居り、穴して處る。下、潤濕にして民を傷る。故に聖王、作りて宫室を為る。宫室を為るの法に曰く、髙さは以て潤濕を辟くるに足り、邊は以て風寒を圉ぐに足り、上は以て雪霜雨露を待つに足り、宫牆の髙さは、以て男女の禮を别つに足る。謹んで此に止まり、財を費やし力を勞して利を加えざる者は、為さざるなり。是の故に聖王の宫室を作り為るは、生に使するにして、以て觀樂を為さざるなり。衣服・帯履を作り為るは、身に便なるにして、以て辟怪を為さざるなり。故に身に節し、民に誨う。是を以て天下の民、得て治む可く、財用、得て足る可し。今の主に當たりては、其の宫室を為るや則ち此と異なれり。必ず厚く百姓に作斂し、暴かに民の衣食の財を奪いて、以て宫室・臺榭・曲直の望、青黄刻鏤の飾りを為る。宫室を為ること此くの若し。故に左右皆な之に法象す。是を以て其の財、以て凶饑を待ち孤寡を賑わすに足らず。故に國貧しくして民治め難きなり。君、實に天下の治を欲して其の亂を惡まば、當に宫室を為るは節せざる可からず。
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『弁名』節儉倹は用を節するなり。「温良恭倹譲」の如き、宋儒誤りて以て聖人の威儀と為し、遂に倹は止だ用を節するのみならずと謂ふ者は、非なり。蓋し倹は仁人の道なり、王者の大徳なり。堯舜の茅茨剪らず、土階三尺、禹の衣服を悪しくし、飲食を菲くし、宮室を卑くす、豈に然らずや。孟子の所謂「民を仁して物を愛す」は、蓋し古言なり。物を愛惜するを謂ふなり。孟子に又た牛を愛するの説有るに因りて、宋儒誤りて以て慈愛の愛と為す者は、非なり。「数罟洿池に入れず、斧斤時を以て山林に入る」は、皆天物を暴はざるの義なり。若し徒らに慈愛を以て之を言はば、則ち孰れか浮屠の殺を戒むるに若かんや。孟子の仁術を以て之を言ふ所以の者は、以て斉王を誘はんと欲すればなり。其の弁を好むの失、率ね是くの如きのみ。
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『慎思録』巻之二財は国家の資用する所にして、民命の繋かる所なり。故に財竭くれば則ち自ら給するに足らず。況んや貧窮を贍し、礼義を行ひ、廉恥を励まし、有功を賞し、兵を行ひ敵を防ぐをや。凡そ国家の百事、挙行するを得べからざらんや。故に国家を治むるの道は、理財を以て要と為す。然れども財を足すの道は、本を務めて用を節するに在り。本を務むとは、稼穡を教へ、種植を勧め、民力を惜しみ、貧乏を賑はすに在るのみ。貪求侵奪の謂ひに非ざるなり。用を節すとは、入るを量りて出づるを為し、冗費を裁制し、奢華を禁止するに在るのみ。吝嗇刻薄の謂ひに非ざるなり。大学の書の、財を生ずるに大道有りの一節は、是れ理財の大略なり。小人の貪求侵奪と吝嗇刻薄との如きは、是れ財を生ずるの小道なり。