長短経 / 是非
《漢書》曰、“天子建國、諸侯立家、自卿大夫以至庻人、各有等差。是以人服事其上、而下無覬覦。孔子曰、‘天子有道、政不在大夫。’百官有司、奉法承令、以修所職、越職有誅、侵官有罰。然故上下相順、而庻事理焉。周至既微、禮樂征伐、出自諸侯。桓、文之後、大夫世權、陪臣執命。陵夷至於戰國、合縱連横、力政爭强。由是列國公子、魏有信陵、趙有平原、齊有孟嘗、楚有春申、皆藉王公之勢、競為遊俠、雞鳴狗盜、無不賓禮。而趙相虞卿、棄國捐君、以固窮交魏、齊之厄、信陵無忌、竊符矯命、殺將專師、以赴平原之急、皆以取重諸侯、彰名天下。搤腕而遊談者、以四豪為稱首。於是背公死黨之議成、守職奉上之義廢矣。
新字:《漢書》曰、“天子建国、諸侯立家、自卿大夫以至庻人、各有等差。是以人服事其上、而下無覬覦。孔子曰、‘天子有道、政不在大夫。’百官有司、奉法承令、以修所職、越職有誅、侵官有罰。然故上下相順、而庻事理焉。周至既微、礼楽征伐、出自諸侯。桓、文之後、大夫世権、陪臣執命。陵夷至於戦国、合縦連横、力政争強。由是列国公子、魏有信陵、趙有平原、斉有孟嘗、楚有春申、皆藉王公之勢、競為遊侠、鶏鳴狗盗、無不賓礼。而趙相虞卿、棄国捐君、以固窮交魏、斉之厄、信陵無忌、窃符矯命、殺将専師、以赴平原之急、皆以取重諸侯、彰名天下。搤腕而遊談者、以四豪為称首。於是背公死党之議成、守職奉上之義廃矣。
書き下し
漢書に曰く「天子は国を建て、諸侯は家を立つ。卿大夫より以て庶人に至るまで、各々等差有り。是を以て人は其の上に服事して、下に覬覦する無し。孔子曰く『天子に道有れば、政は大夫に在らず』と。百官有司は、法を奉じ令を承け、以て職とする所を修む。職を越ゆれば誅有り、官を侵せば罰有り。然る故に上下相い順いて、庶事理まる。周室既に微にして、礼楽征伐は諸侯より出づ。桓・文の後、大夫は権を世にし、陪臣は命を執る。陵夷して戦国に至り、合縦連衡して、力政もて強を争う。是に由りて列国の公子、魏に信陵有り、趙に平原有り、斉に孟嘗有り、楚に春申有り。皆な王公の勢いに藉りて、競いて遊俠を為す。鶏鳴狗盗、賓礼せざる無し。而して趙の相虞卿は、国を棄て君を捐てて、以て窮交魏斉の厄を固くす。信陵の無忌は、符を竊み命を矯め、将を殺し師を専らにして、以て平原の急に赴く。皆な以て重きを諸侯に取り、名を天下に彰す。腕を搤して遊談する者は、四豪を以て称首と為す。是に於て背公死党の議成りて、守職奉上の義廃る。
現代語訳
漢書にこうある。「天子は国を建て、諸侯は家を立てる。卿大夫から庶人に至るまで、それぞれ等級がある。だから人は上に仕えて、下の者は分不相応な望みを抱かない。孔子は『天子に道があれば、政治は大夫のところにはない』と言った。百官と役人は法を奉じ令を受けて、自分の職務を修める。職を越えれば誅があり、官を侵せば罰がある。だから上下が互いに順って万事が治まる。周室が衰えて、礼楽と征伐が諸侯から出るようになった。桓公・文公の後は、大夫が代々権を握り、陪臣が命令を執った。次第に衰えて戦国に至り、合従連衡して力で強さを争った。こうして列国の公子、魏には信陵君、趙には平原君、斉には孟嘗君、楚には春申君が現れた。みな王公の勢いに頼って、競って遊俠のまねをした。鶏の鳴きまねをする者も犬のように盗む者も、賓客として礼遇しないことはなかった。趙の宰相虞卿は、国を棄て君を捨てて、困窮した友である魏斉の危難を固く守った。信陵君無忌は、割符を盗み命令を偽り、将を殺して軍を独占して、平原君の急に駆けつけた。みなそれによって諸侯の間で重んじられ、名を天下に顕した。腕まくりして議論する者は、四人の豪傑を筆頭に挙げる。こうして公に背いて仲間に殉じる議論が成り立ち、職を守って上に奉じる義が廃れた。
解説

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