長短経 / 是非
《論語》曰、“舉逸民、天下之人歸心焉。”魏文侯受藝子子夏、敬叚干木、過其廬、未嘗不式。於是秦欲伐魏、或曰、“魏君賢、國人稱仁、上下和洽、未可圖也。”秦王乃止。由此得譽於諸侯。〔非曰〕韓子曰、“夫馬似鹿、此馬值千金。今有千金之馬、而無一金之鹿者、何也?馬為人用、而鹿不為人用。今處士不為人用、鹿類也。所以太公至齊而斬華士、孔子為司冦而誅少正卯。”
新字:《論語》曰、“舉逸民、天下之人帰心焉。”魏文侯受芸子子夏、敬叚干木、過其廬、未嘗不式。於是秦欲伐魏、或曰、“魏君賢、国人称仁、上下和洽、未可図也。”秦王乃止。由此得誉於諸侯。〔非曰〕韓子曰、“夫馬似鹿、此馬値千金。今有千金之馬、而無一金之鹿者、何也?馬為人用、而鹿不為人用。今処士不為人用、鹿類也。所以太公至斉而斬華士、孔子為司寇而誅少正卯。”
書き下し
論語に曰く「逸民を挙ぐれば、天下の人、心を帰す」と。魏の文侯、芸を子夏に受け、段干木を敬し、其の廬を過ぐれば、未だ嘗て式せずんばあらず。是に於て秦、魏を伐たんと欲す。或るひと曰く「魏君は賢なり。国人は仁と称す。上下和洽す。未だ図る可からず」と。秦王乃ち止む。此に由りて誉を諸侯に得たり。〔非に曰く〕韓子曰く「夫れ馬は鹿に似たり、此の馬は千金に値す。今、千金の馬有りて、一金の鹿無き者は何ぞや。馬は人の用を為し、鹿は人の用を為さざればなり。今、処士は人の用を為さず、鹿の類なり。所以に太公は斉に至りて華士を斬り、孔子は司寇と為りて少正卯を誅す」と。
現代語訳
論語にこうある。「隠れた賢者を挙げれば、天下の人が心を寄せる」。魏の文侯は子夏に学芸を受け、段干木を敬い、その庵の前を通るときは必ず車上で礼をした。そこで秦が魏を討とうとした。ある者が言った。「魏の君は賢明です。国人は仁と称えています。上下が和合しています。まだ図ることはできません」。秦王はそこでやめた。これによって文侯は諸侯の間で名声を得た。〔非の側。〕韓非子はこう言った。「馬は鹿に似ている。この馬は千金の値がつく。いま千金の馬があって、一金の鹿がないのはなぜか。馬は人の役に立ち、鹿は人の役に立たないからである。いま隠者は人の役に立たない。鹿の類である。だから太公望は斉に至って華士を斬り、孔子は司寇となって少正卯を誅した」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『長短経』是非〔是に曰く〕韓の宣王、摎留に謂いて曰く「吾れ両つながら公仲・公叔を用いんと欲す。其れ可ならんか」と。対えて曰く「不可なり。晋は六卿を用いて国分かれ、簡公は田成・闞止を用いて簡公弑せられ、魏は両つながら犀首・張儀を用いて西河の外亡ぶ。今、王、両つながら之を用いば、其の力多き者は内に其の党を樹て、其の力寡なき者は又た外権に藉る。群臣、或いは内に其の党を樹てて以て主命を擅にし、或いは外に勢交を為して以て其の地を裂かば、則ち王の国危うし」と。又た曰く、公孫衍、魏の将と為り、其の相田儒と善からず。季文子、衍の為に魏王に説きて曰く「王、独り夫の牛を服し驥を驂とするを見ずや。百歩す可からず。今、王、衍を以て将たらしむ可しと為し、固より之を用う。而るに相の計を聴くは、是れ牛を服し驥を驂とするの道なり。牛馬倶に死して其の功を成さずんば、則ち王の国傷つかん。願わくは王之を察せよ」と。〔非に曰く〕
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『長短経』是非且つ緩急は人の時に有る所なり。虞舜は井廩に窘しみ、伊尹は鼎爼を負い、傅説は傅巌に匿れ、呂尚は棘津に困しみ、夷吾は桎梏せられ、百里奚は牛を飯い、仲尼は匡に厄し、陳・蔡に菜色す。此れ皆な学士の所謂道有る仁人なり。猶お此の葘に遭う。況んや中材を以て近代の末流に渉るをや。其の害に遇うこと、何ぞ勝げて道う可けんや。而して布衣の徒は、取予然諾を設け、千里に義を誦す。故に士は窮窘して命を委ぬるを得。此れ豈に人の所謂賢豪なる者に非ずや。誠に郷曲の俠をして、季次・原憲と権を比べ力を量り、功を当代に効さしめば、同日にして論ぜざらん。曷ぞ小とするに足らんや」と。〔非に曰く〕
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『長短経』是非論語に曰く「君子は固より窮す。小人は窮すれば斯に濫る」と。〔非に曰く〕易に曰く「窮すれば則ち変じ、通ずれば則ち久し。是を以て天より之を祐く、吉にして利あらざる無し」と。太史公曰く「鄙人に言える有り『何ぞ仁義を知らん。其の利を饗くる者を以て徳有りと為す』と。故に伯夷は周を醜として首陽山に餓死す。而れども文武は其の故を以て王を貶せられず。跖・蹻は暴戻なるも、其の徒は義を誦して窮まり無し。此に由りて之を観れば『鈎を竊む者は誅せられ、国を竊む者は諸侯と為る。諸侯の門に仁義存す』とは、虚言に非ざるなり。今、拘学は或いは咫尺の義を抱きて、久しく代に孤なり。豈に論を卑くし俗に儕しくし、代と沈浮して栄名を取るに若かんや」と。
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『長短経』是非〔非に曰く〕史記に曰く「藺相如は宦者繆賢に因りて趙王に見ゆ」と。又た曰く「鄒衍、談天論を作る。其の語は閎大にして経ならず。然れども王公大人之を尊礼す。梁に適けば、梁の恵王は郊迎して賓主の礼を執る。燕に如けば、昭王は篲を擁して先駆す。豈に仲尼の菜色して陳・蔡し、孟軻の斉・梁に困しむと同じからんや」と。衛の霊公、陳を孔子に問う。孔子答えず。梁の恵王、趙を攻むるを謀る。孟軻は太王の邠を去るを称す。方枘を持ちて円鑿に納れんと欲す。其れ能く入らんや。或るひと曰く、伊尹は鼎を負いて湯を輔けて以て王たり、百里奚は牛を飯いて繆公用いて霸たり。先ず合するを作して、然る後に之を大道に引く。鄒衍、其の言は軌ならずと雖も、亦た将に牛鼎の意有らんか、と。
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呂氏春秋・期賢③魏の文侯、段干木の閭を過ぎて之に軾す。其の僕曰く、「君胡為れぞ軾す。」曰く、「此れ段干木の閭に非ずや。段干木は蓋し賢者なり。吾、安くんぞ敢て軾せざらん。且つ吾聞く、段干木は未だ嘗て肯えて己を以て寡人に易えざるなり、と。吾安くんぞ敢て之に驕らん。段干木は德に光き、寡人は地に光き、段干木は義に富み、寡人は財に富む。」其の僕曰く、「然らば則ち君何ぞ之を相とせざる。」是に於て君、之に相たらんことを請う。段干木肯てえ受けず。則ち君乃ち祿百萬を致し、而して時に往き之に館す。是に於て國人皆喜び、相與に之を誦して曰く、「吾が君は正を好み、段干木を之れ敬す。吾が君は忠を好み、段干木を之れ隆ぶ。」居ること幾何も無く、秦、兵を興して魏を攻めんと欲す。司馬唐、秦君を諫めて曰く、「段干木は賢者なり。而して魏は之を禮す。天下聞かざるは莫し。乃ち兵を加う可からざること無からんか。」秦君以て然りと為し、乃ち兵を按じ輟めて敢て之を攻めず。魏の文侯、善く兵を用いたりと謂う可し。嘗て聞く、君子の兵を用うるや、其の形を見わすこと莫くして、其の功已に成る、と。其れ此を之れ謂うなり。野人の兵を用うるや、鼓聲は則ち雷に似、號呼は則ち地を動かし、塵氣天に充ち、流矢雨の如く、傷を扶け死を輿し、腸を履み血を渉る。無罪の民、其の死する者、澤に量つ。而して國の存亡、主の死生は猶ほ知る可からざるなり。其の仁義を離るること亦た遠し。
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『長短経』是非〔是に曰く〕孔子曰く「訐きて悪を以て直と為すを悪む」と。〔非に曰く〕管子曰く「悪を隠して以て仁と為す者を悪む」と。魏の曹羲曰く「夫れ世人の所謂悪を掩い善を揚ぐるは、君子の大義なり。明を保ち好を同じくするは、朋友の至交なり。斯の言の作るは、蓋し閭閻の白談なり。愛憎の相い謗るを収むる所以にして、篤正の至理、折中の公議に非ざるなり。世士は其の数を料らずして其の言に係る。故に善悪分かれず、乱は実に之に由る。朋友雷同すれば、敗必ず従う。談論は実に当たるを以て情と為し、過難を以て貴しと為さず。相い知るは等分を以て交と為し、雷同を以て固と為さず。是を以て達者は其の義を存して文に察かならず、其の心を識りて言に求めず」と。