長短経 / 是非
太公謂武王曰、“天無益于兵勝、而衆將所居者九、自法令不行而任侵誅、無徳厚而用日月之數、不順敵之强弱而幸于天、無智慮而候氛氣、少勇力而望天福、不知地形而歸過於時、敵人怯弱不敢擊而信龜䇿、士卒不勇而法鬼神、設伏不巧而任背向之道。凡天地鬼神、視之不見、聽之不聞、不可以决勝敗。故明將不法。”司馬遷曰、“隂陽之家、使人拘而多忌。”范曄曰、“隂陽之道、其弊也巫。”〔是曰〕
新字:太公謂武王曰、“天無益于兵勝、而衆将所居者九、自法令不行而任侵誅、無徳厚而用日月之数、不順敵之強弱而幸于天、無智慮而候氛気、少勇力而望天福、不知地形而帰過於時、敵人怯弱不敢撃而信亀策、士卒不勇而法鬼神、設伏不巧而任背向之道。凡天地鬼神、視之不見、聴之不聞、不可以決勝敗。故明将不法。”司馬遷曰、“陰陽之家、使人拘而多忌。”范曄曰、“陰陽之道、其弊也巫。”〔是曰〕
書き下し
太公、武王に謂いて曰く「天は兵勝に益無し。而して衆の将に居る所の者は九あり。法令行われずして侵誅に任ずるより、徳厚無くして日月の数を用い、敵の強弱に順わずして天に幸い、智慮無くして氛気を候い、勇力少なくして天福を望み、地形を知らずして過ちを時に帰し、敵人怯弱にして敢えて撃たずして亀策を信じ、士卒勇ならずして鬼神に法り、伏を設くること巧ならずして背向の道に任ず。凡そ天地鬼神は、之を視れども見えず、之を聴けども聞こえず。以て勝敗を決す可からず。故に明将は法らず」と。司馬遷曰く「陰陽の家は、人をして拘わりて忌むこと多からしむ」と。范曄曰く「陰陽の道は、其の弊や巫なり」と。〔是に曰く〕
現代語訳
太公望が武王に言った。「天は戦の勝ちに何の役にも立たない。それでも多くの将が頼るものが九つある。法令が行われないのに侵し誅することに頼るのに始まり、徳の厚さがないのに日月の吉凶の数に頼り、敵の強弱を見ずに天のまぐれを頼り、知恵と思慮がないのに雲気を占い、勇と力が足りないのに天の福を望み、地形を知らずに過ちを時のせいにし、敵が怯えて弱いのに攻めずに亀卜に頼り、兵が勇敢でないのに鬼神に頼り、伏兵の仕掛けが巧みでないのに方角の吉凶に頼る。そもそも天地鬼神は、見ようとしても見えず、聴こうとしても聞こえない。それで勝敗を決めることはできない。だから明将はそれに則らない」。司馬遷はこう言った。「陰陽家は、人を縛って忌むことを多くさせる」。范曄はこう言った。「陰陽の道は、その弊害が巫術である」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
六韜・奇兵武王 太公に問ひて曰く、「凡そ用兵の道、大要は何如」と。太公曰く、「古の善く戦ふ者は、能く天上に戦ふに非ず、能く地下に戦ふに非ず。其の成と敗とは、皆な神勢に由る。之を得る者は昌え、之を失ふ者は亡ぶ。夫れ両陳の間、甲を出だし兵を陳ね、卒を縦ちて行を乱す者は、変を為す所以なり。深草蓊蘙なる者は、逃遁する所以なり。谿谷険阻なる者は、車を止め騎を禦ぐ所以なり。隘塞山林なる者は、少をもつて衆を撃つ所以なり。坳沢窈冥なる者は、其の形を匿す所以なり。清明にして隠るる無き者は、勇力を戦はす所以なり。疾きこと流矢の如く、発機の如き者は、精微を破る所以なり。詭り伏せ奇を設け、遠く張りて誑き誘ふ者は、軍を破り将を擒にする所以なり。四分五裂する者は、円を撃ち方を破る所以なり。其の驚駭に困しむ者は、一をもつて十を撃つ所以なり。其の労倦して暮に舎するに因る者は、十をもつて百を撃つ所以なり。奇伎なる者は、深水を越え江河を渡る所以なり。彊弩長兵なる者は、水を踰えて戦ふ所以なり。長関遠候、暴疾謬遁なる者は、城を降し邑を服する所以なり。鼓行喧囂なる者は、奇謀を行ふ所以なり。大風甚雨なる者は、前を搏ち後を擒にする所以なり。偽つて敵の使と称する者は、糧道を絶つ所以なり。号令を謬らせ、敵と服を同じくする者は、走北に備ふる所以なり。戦ふに必ず義を以てする者は、衆を励まし敵に勝つ所以なり。爵を尊び賞を重くする者は、命を用ふるを勧むる所以なり。刑罰を厳にする者は、罷怠を進むる所以なり。一喜一怒、一与一奪、一文一武、一徐一疾なる者は、三軍を調和し臣下を制一する所以なり。高敞に処る者は、警守する所以なり。阻険を保つ者は、固きを為す所以なり。山林茂穢なる者は、黙して往来する所以なり。深溝高塁にして糧多き者は、持久する所以なり。故に曰く、戦攻の策を知らざれば、以て敵を語るべからず。分移する能はざれば、以て奇を語るべからず。治乱に通ぜざれば、以て変を語るべからず、と。故に曰く、将 仁ならざれば、則ち三軍 親しまず。将 勇ならざれば、則ち三軍 鋭からず。将 智ならざれば、則ち三軍 大いに疑ふ。将 明ならざれば、則ち三軍 大いに傾く。将 精微ならざれば、則ち三軍 其の機を失ふ。将 常に戒めざれば、則ち三軍 其の備へを失ふ。将 彊力ならざれば、則ち三軍 其の職を失ふ、と。故に将は人の司命にして、三軍 之と俱に治まり、之と俱に乱る。賢将を得れば、兵 彊く国 昌ゆ。賢将を得ざれば、兵 弱く国 亡ぶ」と。武王曰く、「善き哉」と。
-
『長短経』天時賢に任じ能を使えば、則ち占わずして事利あり。令明らかに法審らかなれば、則ち筮せずして計成る。功を封じ労を賞すれば、則ち禱らずして福従う。苦を共にし甘を同じくすれば、則ち逆を犯して功就ると云うと雖も、然り而して機に臨み用を制するに、五助有り。一に曰く謀を助く。二に曰く勢いを助く。三に曰く怯を助く。四に曰く疑を助く。五に曰く地を助く。此の五者は、勝ちを助くるの術なり。故に曰く「地を知り天を知らば、勝ち乃ち全うすべし」と。審らかに察せざるべからざるなり。
-
『長短経』運命〔文王、太公に問いて曰く「夫れ人主の動作挙事に、禍殃の応、鬼神の福有りや無しや」と。太公曰く「之有り。人主好んで賦斂を重くし宮室を大にすれば、則ち人多く瘟を病み、霜露五穀を殺す。人主好んで畋猟して、時禁を避けざれば、則ち歳に大風多く、禾穀実らず。人主好んで名山を破壊し、大川を壅塞し、名水を決通すれば、則ち歳に大水多く人を傷い、五穀滋らず。人主好んで武事をし、兵革息まざれば、則ち日月の薄蝕息まず、太白行を失う」と。文王曰く「誠なるかな」と。〕
-
六韜・論将武王 太公に問ひて曰く、「将を論ずるの道は奈何」と。太公曰く、「将に五材十過あり」と。武王曰く、「敢へて其の目を問はん」と。太公曰く、「所謂五材とは、勇・智・仁・信・忠なり。勇なれば則ち犯すべからず、智なれば則ち乱すべからず、仁なれば則ち人を愛し、信なれば則ち欺かず、忠なれば則ち二心なし。所謂十過とは、勇にして死を軽んずる者あり、急にして心速やかなる者あり、貪にして利を好む者あり、仁にして人に忍びざる者あり、智にして心怯なる者あり、信にして人を信ずるを喜ぶ者あり、廉潔にして人を愛せざる者あり、智にして心緩き者あり、剛毅にして自ら用ふる者あり、懦にして人に任ずるを喜ぶ者あり。勇にして死を軽んずる者は、暴すべきなり。急にして心速やかなる者は、久しくすべきなり。貪にして利を好む者は、遺るべきなり。仁にして人に忍びざる者は、労せしむべきなり。智にして心怯なる者は、窘しむべきなり。信にして人を信ずるを喜ぶ者は、誑くべきなり。廉潔にして人を愛せざる者は、侮るべきなり。智にして心緩き者は、襲ふべきなり。剛毅にして自ら用ふる者は、事ふべきなり。懦にして人に任ずるを喜ぶ者は、欺くべきなり。故に兵は国の大事、存亡の道にして、命は将に在り。将は国の輔にして、先王の重んずる所なり。故に将を置くには察せざるべからず。故に曰く、兵は両つながら勝たず、亦た両つながら敗れず。兵出でて境を踰ゆれば、期は十日ならずして、国を亡ふことあらずんば、必ず軍を破られ将を殺さるることあり」と。武王曰く、「善き哉」と。
-
『長短経』天時若し下其の将を軽んじ、妖怪並び作り、衆口相惑わば、当に徳を修め令を審らかにし、鋒甲を繕礪し、勤めて誠に士に誓い、以て天の怒りを避くべし。然る後に復た吉日を択び、牙旗を祭り、太牢の饌を具え、鼓鐸の音を震わし、誠心に啓請して、以て天の問いに備え、其の祥応を観て、以て吉凶を占う。若し人馬喜び躍り、旌旗皆前みて高陵を指し、金鐸の声揚がりて以て清く、鞞鼓の音宛として以て鳴らば、此れ神明の助けを得たり。持して以て衆心を安んずれば、乃ち用うべし。
-
『長短経』天時若し細雨軍を沐せば、機に臨みて必ず捷有り。迴風相触るれば、道還りて功無し。雲の群羊に類するは、必ず走るの道なり。気の驚鹿の如きは、必ず敗るるの勢いなり。黒雲塁より出で、赤気軍に臨み、六窮に風起こり、三刑に霧起こるは、此れ皆師の出づるを見て其の入るを見ざるなり。烟の若くして烟に非ざるは、此れ慶雲なり。星の若くして星に非ざるは、此れ帰邪なり。霧の若くして霧に非ざるは、此れ泣軍なり。雷の若くして雷に非ざるは、此れ天鼓なり。慶雲開けば、徳有り。帰邪あれば、降人有り。泣軍あれば、多く将を殺す。天鼓あれば、多く軍を敗る。是に知る、風雲の占い、歳月の候、其の来たること久し。故に古は初めて将を立て、始めて門を出でて首めて牙を建つるの時、必ず風雲の気を観る。